大学生の退屈しのぎ

底知れぬ音楽と映画と文学と...

映画「ある少年の告白」を観た。誰もが経験する理解への渇望

ある少年の告白

 

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監督:ジョエル・エドガートン

出演:ルーカス・ヘッジズニコール・キッドマンラッセル・クロウグザヴィエ・ドラン、トロイ・シヴァン

 

アメリカの田舎町。大学生のジャレッドはある秘密を胸に秘めていた。大学生活のなかで起こったある出来事によって、自分は男性が好きであると気づいたジャレッドは、両親にその胸の内を告げる。息子の幸せを願っていた牧師の父と母であったが、彼らは息子が同性愛者であると知ったとき、動揺し、ありのままの息子を受け入れることができなかった。そこで父が勧めた<口外禁止>の危険な矯正セラピーへの参加が、ジャレッドを苦しめることとなる…。(シネマカリテ)

 

本作品は原作者のガラルド・コンリーの実体験に基づく。本作で描かれた性的指向ジェンダーアイデンティティの変更を、科学的根拠のない理論に基づいて実行させようとする「矯正治療(コンバーション・セラピー)」は、米国で現在でも、鬱や自殺などの重大な問題を生んでいる。(シネマカリテ)

 

レディ・バード」「マンチェスター・バイ・ザ・シールーカス・ヘッジズレディ・バードでもゲイに苦しむ青年でした)にラッセル・クロウニコール・キッドマンなどの言わずと知れた大物キャストが両親役を固めています。そしてレッチリのフリーと僕の大好きな監督でもあり俳優でもあるグザヴィエ・ドラン、あとはSSWのトロイ・シヴァンが出てるし、ジョエル・エドガートン監督も悪役で出てました。

 

サントラも最高です。シガー・ロスのヨンシーとトロイ・シヴァンがコラボした「Revelation」という楽曲が美しすぎる。シガー・ロス好きな人には聴いて欲しい。

 

 

Revelation

Revelation

  • トロイ・シヴァン & ヨンシー
  • サウンドトラック
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

 

 

映画館で早速体験してきましたが、中盤まではいたたまれないほど重かったです。無抵抗な少年少女の人格を性的嗜好だけで極悪人のように扱うシーンがずっと続いていくので。。

同性を愛することを大罪のように語り、聖書の言葉を並べ説教してる大人を見て、身近な人間のことを理解しようとしない人間が、自分の心の中の神を愛するなんてことができるのかと、ぼんやり思いました。彼らは全くの傲慢であり、宗教信仰のない僕みたいな日本人から見たら、「神の意思だ」と言われて「お前は間違ってる」と人格を否定されてもなんだかとんでもなく的外れなことを言われているようにしか思えなかったですね。

ただ、それでもこの映画は希望を描いた映画です。終盤まで見ればそれがわかります。「人と人は分かり合えるかもしれない」ということを大げさじゃなく信じられるような映画でした。

 

 

性的嗜好」を矯正する施設

 

ジャレッドは「自分は変われるかも」という期待と決意を胸に抱きながら、母と同性愛を矯正する施設に向かいます。そこでは携帯電話も没収、飲酒や喫煙はもちろん、映画や読書、日記、さらには参加者同士の親密な接触まで禁止という厳しい環境でした。母のナンシーは「見学させてもらえますか?」と受付の人に聞くも「本人のみです。5時に迎えにきてください」という事務的に対応されるだけです。

 

12日間のプログラムに参加予定のジャレッド。施設へは母と近くのホテルに泊まり通うことになっていました。

 

ヴィクター・サイクスという施設の男は参加者を集めてこう言います。「生まれつきの同性愛者はいない。生まれつきフットボール選手がいないように。それは君たちの選択の結果なのだ」と。

 

ジャレッドを含む参加者は男らしく振る舞うために、腰に手を当ててポーズをとらされ、サイクスに「男らしい順に並べろ」と命令された参加者の女の子に並ばさせられます。

他にも問題のある人が家計にいるかどうか家系図を書かされたり(問題のある人物に「烙印」を押して「罪」の出所を探す)、バッティング練習をさせられ、その打ち方が「男らしい」かを確認されます。口癖は「できるまで“フリ”をしろ!」です。

 

そして一番参加者にとって辛いのが「心の清算というプログラムでした。そこでは自分の「罪」をみんなの前で告白するのです。もちろん罪とは自分の同性との性体験などについてです。

 

こうした治療の内容は決して口外しないようにと言われます。

 

ジャレッドが施設に入ることになった経緯

 

ジャレッドは高校の頃はクロエという彼女もいて、バスケをして充実した高校生活を送っていました。

しかし彼女に迫られても性的なことはできないままでした。

 

大学に入寮するとヘンリーという友人と親しくなります。二人は一緒にジョギングをするような関係になりました。

ヘンリーはジャレッドの部屋でゲームをして、そのまま泊まります。

しかし彼はその夜ジャレッドを無理やり襲ってしまうのでした。ヘンリーは教会にいた男の子にも同じことをしたと泣きながら告白します。

 

ショックを受けるジャレッドに追い打ちをかけるように、ヘンリーはカウンセラーを名乗ってジャレッドの実家に電話をし、ジャレッドが同性愛者であることをほのめかすような電話をします。

牧師で厳格なキリスト教信仰を持つ父マーシャルは息子が同性愛者であることを受け入れられず、息子に厳しく詰問します。ジャレッドは「それはカウンセラーではなく、自分を襲った生徒だ」と伝えますが、実際に自分が男性に惹かれることに気づき始めていたジャレッドは両親に同性愛者であることを打ち明けます。

 

受け止めきれないマーシャルは他の牧師たちを呼び、息子に同性愛者の治療施設に入居させることを相談します。「自分は間違ってる」と思い込んだジャレッドは「変わりたい」と言い、施設に入所することに同意します。

 

 

 

 

施設に疑問を抱き始めるジャレッド

 

キャメロンという大柄な青年は、施設の中で疑問を感じながらも器用に立ち振る舞うことができず、サイクスたちに叱責されてばかりでした。彼の「心の清算」の時にも言葉遣いを注意されます。

 

彼はその反抗的な態度のせいである日、罰を受けます。祭壇の前に置かれた棺桶の前で跪かされ、「悪魔を追い払う」という理由で何度も聖書で叩かれるのです。それも家族の前で。サイクスは彼の幼い妹にも聖書を持たせキャメロンを叩かせました。

 

衝撃を受けるジャレッド。次の日やってくるキャメロンが、サイクスに「気分はどうだ」と聞かれ無理して「とてもいいです」と快活に答える姿を見て、すれ違いざまに思わず肩の上に手を置きます。しかし、参加者同士の肉体的接触は禁止されて入るのでジョン(グザヴィエ・ドラン)に「なんであんなことをした?誰も見てないとでも?」と注意されてしまいます。他にもゲイリー(トロイ・シヴァン)に「治っているフリをするんだ。さもなければ長時間施設にいれられてしまう。今はそれを判断する前段階なんだ。治療が有効と信じているなら話は別だが。」と注意されます。他の参加者も疑問を持ちながらもプログラムに参加していたんですね。

 

「心の清算」がジャレッドの番になり、ジャレッドはゼイヴィアという絵を描いている芸術志向の青年と性的関係を持たなかったものの手を繋いで眠ったことを話します。

 

しかしサイクスは「本当のことを言いなさい」と厳しく詰め寄ります。「僕は嘘をついていない。嘘をつけと言うのですか?それこそ罪なのでは?」と反論するも「男性と関係を持ったことをきちんと告白しなさい」とサイクス。彼はジャレッドがレイプされたことを知っていて、ほのめかしていました。ジャレッドは「あれは僕の責任じゃない。罪があるのは僕じゃなくて向こうだ」と言います。すると「なぜ怒っている?その怒りは父親に対する怒りだ。それを話しなさい」とサイクス。ジャレッドは怒りと呆れで部屋を飛び出してなんとか携帯電話を強奪し、泣きながら母に電話します。「お願いだから迎えにきて」と頼むとナンシーはすぐに車で駆けつけてくれました。

 

職員たちに囲まれてるジャレッドを扉越しに見て様子が異様であることを察したナンシー。職員たちは扉を開けようとしませんでしたが、キャメロンが手助けしてくれ何とか外に。ナンシーはサイクスに「あなたは何の資格があるの?牧師?心理学者? 何でもないわね。恥を知りなさい」と吐き捨てます。そして車の中で「私もね」とつぶやき、今まで父の言う通りに服従してきて息子を守ろうとしなかった自分を後悔していたのでした。

 

休憩のために立ち寄ったレストランでナンシーは父マーシャルに電話します。彼は施設に戻るよう言いますが、ナンシーは「絶対に戻さない」とジャレッドに固く誓います。「あの日、お父さんは二人の男性を家に招いて男だけで話をしていたの。私はおとなしくそれに従うだけだった。それは正しいことなのか疑問を持っていたのに口を閉ざし続けていたの。もう黙っていない。お父さんを説得するわ。わかってくれるはずよ」と。

 

自宅に戻ったジャレッド。後日、キャメロンが自殺したということを警察から知らされます。(自殺の理由は明言されませんが、施設の中でも上手く立ち回れず、かと言って“治った”ふりもできなかったのだと思います)

 

 

 

長い時間をかけて

 

4年後。ジャレッドが自身の施設での体験を告発した記事は新聞に掲載されていました。

両親の自宅に記事を送り、ナンシーに電話して父がその記事を読んだのか確認するジャレッド。「これは大事なことなんだ」とジャレッドは言い、書籍化の話もきていたので両親の自宅を訪れることにします。そしてなんとか父に会い書籍化する承諾を得ることができました。

 

家を出るジャレッドはその直前に再び父に会います。マーシャルは自分が牧師という立場であり、受け入れられず葛藤したこと、自分の後継として会社を継いで欲しかったこと、そして何よりジャレッドを失いたくないということを伝えます。「ぼくは同性愛者で、父さんの息子だ。ぼくを失いたくないなら父さんが変わらなければ」とジャレッドが言うと「努力するよ。必ず」と父は言うのでした。

 

 

エンディングで明かされるもう一つの衝撃

 

最後のクレジットでモデルとなった人物たちのその後が語られるんですが、サイクスが現在夫と暮らしているということに衝撃を受けた方は多いんじゃないでしょうか。

あの施設で異様なまでに青年たちを痛めつけていたサイクスが自身も同性愛者だったのです。ということは自分をも「矯正」するためにもあそこまでのことをしていたということなんでしょうか。彼も彼で苦しんでいて、ジャレッドが記事化したことによって救われた人間の一人だったということです。それでも自殺した人もいるわけですから到底許されることではないと思いますが...。

 

ジャレッドも現在夫と暮らしているようで、凄惨な体験をしたにも関わらず、自分を否定しない生き方を見つけられたというのは大きな救いだと感じました。

 

 

家族のすれ違い

 今回、ジャレッドの両親はジャレッドの性的嗜好を否定するも、ジャレッドに対してちゃんと愛情を持っていたことも事実なんですよね。父のマーシャルは自分の立場を守ろうとしていたのもあったけど、最後には受け入れられないことを表明しながらもジャレッドを失いたくないと言ったのは本音だと思います。

 

 

マーシャルみたいな人間が自分が「受け入れられない」ということをまずは認めることが何よりも大事だと思いました。やっぱり「自分は理解がある」と思い込んで心の中で差別をしていたらそれは結局何も始まらないし、「自分は理解できていない」という事実を受け入れるところからしか本当の理解は始まらないからです。

たまに映画やドラマで登場人物が激変して突然物分かりが良くなったりしますが、それは現実世界ではありえないことなんだと改めて。この映画で最後に見えたのはそういう類のものではなく極めて現実的な希望だったということです。

 

 

 

まとめ

 

重いシーンも多々ありますが、ベテラン俳優陣の貫禄ある演技や美しすぎるサントラも含めて個人的にはすごくよかったです。ジャレッドがゼイヴィアと手を握って眠るシーンも「心が通じ合ってる」ことの美しさみたいなものが凝縮されてた名シーンだったと思います。「これを誰が否定できるんだろうか...。」と観た誰もが思ったんじゃないでしょうか。

 

 

 

あと原題は「Boy Erased」(消された少年)なので邦題の「ある少年の告白」だと若干インパクトに欠けてしまうんじゃ...?とは少し思いました。 原題は明らかに衝撃的なタイトルを敢えてつけているような印象なので。

 

ともあれLGBTという枠組みを超えて、親の理想像から自分ははみ出てしまったと感じ葛藤すること、何より理解されたいという誰もが持つ普遍的な感情を揺さぶる映画だったんじゃないかと思います。今の時代に公開されたということも大きな意味を持っていた気がする。。

 

 

 

映画「奇跡の海」を観た。真実の愛に生きようとした女性の姿

奇跡の海(1996)

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監督:ラース・フォン・トリアー

出演:エミリー・ワトソンステラン・スカルスガルド、カトリン・カートリッジ 他

 

<目次>

 

 

あらすじ
プロテスタント信仰が強い、70年代のスコットランドの村が舞台。ベスは、油田工場で働くヤンと結婚した。彼女は、仕事のために家に戻れない彼を愛するあまり、早く帰ってくるよう神に祈る。するとヤンは工場で事故にあい、願い通りに早く戻ってきた。だが回復しても寝たきりの上に、不能になっていた……。やがてヤンは、妻を愛する気持ちから他の男と寝るよう勧め、ベスもまた、夫を愛するがゆえに男たちを誘惑してゆく。全8章、2時間38分からなる、濃密な愛の物語。(allcinema)

 

 

ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ドッグヴィルでおなじみの鬱映画の巨匠ラース・フォン・トリアー監督の作品です。彼特有のドキュメンタリー的手法と言うんでしょうか、手持ちカメラで撮影しているみたいなブレ具合と暖色を基調とした古臭い色彩の感じ、そして何より8章から構成される劇のような構成が印象的でした。(ドッグヴィルも章で分けられていました)

 

はじめに感想を言いますが、ラース・フォン・トリアーにしては鬱要素が少ないですし、人間に絶望しませんでした(笑)

むしろ人間嫌いのトリアー監督の作品から夫婦の敬虔さを感じたのは感動的でさえありました。鬱映画が嫌いな人でも一見の価値ありです。

 

「やっぱ人間ってくそじゃん」って安心できるから彼の作品が好きというのはあったんですが、今回のこの作品は人間の最悪な部分にもしっかり目を当てている彼が描いた「愛」だからこそ価値があるんだなあと。

あとはやっぱり不幸のどん底で神に祈るって本当に虚しい行為なんですねということです。この辺は宗教信仰のない僕みたいな日本人にもわかりやすい感覚でした。監督は無神論者の家に育ったみたいなので納得ですね。

 

 

夫だけを愛する情緒不安定な妻

 

ラース・フォン・トリアーシャルロット・ゲンズブールビョークといい、痛々しい演技のできる女性を見つけるのが上手だなあとつくづく思います。今回エミリー・ワトソン演じたベスもそうでした。

 

彼女は夫のヤンを神の贈り物だと信じ心から愛しています。だから彼が油田に出稼ぎに行かなければならないという事実をわかっていながらも耐えられません。ベスはヤンと離れ離れになることを想像しヒステリーを起こしてしまいます。(ベスは過去にもヒステリーを起こしたことがある)それでヤンの出発する飛行機が飛び立とうとしているときにに無理やり乗り込もうとしたりしちゃうんですよね。ベスにとってはヤンへの愛が生きる源泉みたいなものだったんだと思います。

 

ヤンは離れ離れになっても仕事の合間を縫って、ベスに電話をかけます。そして二人は聞いてて恥ずかしくなるような愛の言葉をたくさん囁き合って精神的な繋がりを感じ、その距離を埋めようとします。が、実際に肉体的にも満たされない関係はお互いにとって辛すぎました。ベスはヤンが帰ってきますようにと教会で神に祈ります。

 

すると、ヤンが油田で事故に遭い瀕死の状態で村に帰ってきます。手術をするも全身麻痺が残り、性的にも不能になってしまったヤン。ベスは自分がヤンが帰ってくるよう祈ったからだと責めます。そんなわけはないんですが、神様を信じている人間にとって祈ると言う行為がどれだけ真剣なものであるかわかる場面でもあります。

 

そしてベスを抱くことのできなくなってしまったヤンは「愛人を作れ」とベスに言い、その時の体験を話して欲しいと言います。「私はヤンを愛しているからできない」と言うも「やってみる」と言い、娼婦の格好をしていろんな男たちと交わっていくベス。さすがにバスでいきなりおじいちゃんみたいな人の股間を黙って握り出すところは笑ってしまいましたがw しかしそんな行為でさえもベスのピュアさをどこか感じてしまう...。

 

ベスは交わった男たちの先にヤンを見ていて感じていて、それをベスが語る体験談の言葉の端々で感じることでヤンは少しでも自分を満たそうとしていたんでしょうか。それはもはや肉体で交れなくなった二人の究極の精神的セックスとも言えるかもしれないです。

 

 

理解されないベスと残酷な仕打ち

 

ほかの男との体験談を聞くことによって回復の兆しを見せたヤンを見て、ベスの行動はさらに過激になっていきます。しかし村の人間はそんな様子を見てベスを汚らわしいと軽蔑するように。

 

ヤンがベスにほかの男と交わることを勧めていると知ったリチャードソン医師はそれがベスにとって良くないことだと思い、ベスを精神病院に送ろうと決めます。その同意のサインをなんとか説得してヤンに書かせます。それはヤンとベスがもうお互い二度と会えなくなるということを意味してました。

 

素行が派手になり、教会から追放され、精神病院に送られる車に無理やり乗せられるベス。ベスはなんとかその車の中から逃げ出すも、実家に行っても母親がドアを開けてくれず、家に入れてくれません。しかも、そんなボロボロのベスに執拗に付きまとい、「商売女」と言って石を投げてくる子供たちまでいます。

 

ベスは以前乗り込んで危険だと知っている大型船に娼婦として再び乗り込む決意をします。しかしベスはそこで暴行され、男たちに体中を切りつけられてしまい病院に運び込まれてしまうのでした。地獄です。考え付く限りの最悪な不幸のオンパレードです。

 

 

 

地獄か天国か?ラストシーン

 

瀕死の状態のベスは「良い子でいられなくてごめんなさい。全部私が間違ってた」と涙を流しながら母に謝ります。「いいのよ」と母は言いますが、ベスはそのまま息を引き取ってしまいます。

 

そして長老たちの間でベスは土葬されることになりました。つまりは地獄行きです。

 

ベスの死から驚異的な回復を見せ、松葉杖で歩けるほどになっていたヤン。彼とその友人たちでベスの遺体を奪い取り、海の中に送ります。原題のBreakig the Wavesというのも、ここのシーンからきていることがわかります。愛に生きた彼女の遺体は地獄になんて葬らせず、優雅に海の中へ消えていくんです。

 

 

最後に教会の鐘の音がどこからか聞こえるというところで終わるんですが、これも最初の二人が結婚するシーンで村の教会には鐘がないと明かされるところとつながってます。福音のような、最後までピュアに愛に生きた女性の冥福を祈るかのような鐘が聞こえてくるんです。村の長老たちはひどい老害っぷりでしたが、ここには今まで散々宗教批判してきたトリアーだからこその「本来の宗教はこんな風に愛に一途に生きた人間を祝福するべきでしょ?」という祈りのようなものを感じました。

 

 

まとめ

 

この映画は総じて胸糞映画ではなかったです。つらいシーンはたしかにあるけど、そんな現実を悠に超えてしまう愛が二人にはあったんだなあと思えるだけで救いがありました。この監督はそんな「安心」の領域さえも裏切っていくことも多いので。でもだからといって邦題のように奇跡が起こった物語でもないと思います。現実に見放されても誰にも理解されなくてもたった一人の人間のために生きた人間の愛の物語でした。

 

 

www.neatnobibouroku.info

 

 

 

映画「南瓜とマヨネーズ」から学ぶ、共感できない大人の生ぬるい恋愛

南瓜とマヨネーズ

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夢を追いかける恋人せいいちと、忘れられない昔の男ハギオとの間で揺れる女性ツチダの繊細な心情を痛々しいほどリアルに描いた漫画家・魚喃キリコの代表作『南瓜とマヨネーズ』。当時のストリートファッションとカルチャーを牽引した雑誌『CUTiE』から派生した、『CUTiE Comic』(共に宝島社)にて1998年から1999年にかけて発表され、90年代の感度の高いユース・カルチャーのバイブル的存在となり、以降も愛され続けてきた。脆くこわれやすい日常が、あたりまえに続いていくことの大切さを説くこの恋愛漫画の金字塔を、『パビリオン山椒魚』(06)、『乱暴と待機』(10)、『ローリング』(15)で知られる鬼才・冨永昌敬監督が実写映画化。(公式サイト)

 

目次

 

 

あらすじ

 

ライブハウスで働くツチダは同棲中の恋人せいいちがミュージシャンになる夢を叶えるため、内緒でキャバクラで働きながら生活を支えていた。一方で、自分が抜けたバンドがレコード会社と契約し、代わりにグラビアアイドルをボーカルに迎えたことに複雑な思いを抱え、スランプに陥っていたせいいちは、仕事もせず毎日ダラダラとした日々を過ごす。そんなとき、ツチダはお店に来た客、安原からもっと稼げる仕事があると愛人契約をもちかけられる。

ある晩、隠していた愛人からのお金が見つかってしまい、ツチダがその男と体の関係をもっていることを知ったせいいちは働きに出るようになる。そして、ツチダが以前のようにライブハウスだけで働きはじめた矢先、今でも忘れられない過去の恋人ハギオ(オダギリジョー)が目の前に現れる。蓋をしていた当時の思いが蘇り、過去にしがみつくようにハギオとの関係にのめり込んでいく。(公式サイト) 

  
 
 
ジョゼと虎と魚たちとか今公開中の「愛がなんだ」とか好きだったら好きかもしれないですね。この手の邦画の不潔な(すいません)恋愛映画は個人的にたまに観たくなるので借りてきました。
 
はい、全く持って共感できないし愛しいとかとてもじゃないけど思えない映画でした。でもなんだろう、この生ぬるい温度がこの映画の最大の魅力なんじゃないかなあなんて思います。
 
ちなみに相関関係はこんな感じ

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(公式サイト)
 

恋愛体質のヒロイン

 
この臼田あさ美演じるヒロインに中盤からどんどん腹が立ってくるんですよ。男がどうしても信用しきれないタイプの女というか悪い想像を掻き立ててくるけど夢中になってしまうタイプというか。
 
最初は尽くすいい女って感じでせいいちには「あなたは家事も何もやらなくていいから、曲とか作ってて」「お金なら私が稼いでくるから」なんて言ってくるんですけど、結局こっそりキャバクラで働いて、愛人契約までしてるんですよね。悲しいことにそれがそうまでしてお金を稼ぐ犠牲体質の自分に酔ってるんだってことが映画の中で明らかです。尽くしている自分が好きなだけで相手のことが全然見えていない。
 
そしてこのツチダの恋愛体質ぶりはライブハウスでバイトしている時に元彼のハギオと再会して、簡単に気持ちに火がつくところでも見られます。もうこの辺から僕はせいいちに感情移入しすぎてブチ切れながら観てました。何より悲しかったのがハギオと再会して、帰り道に帰りたくないアピールをするツチダがこの映画の中で一番可愛いんですよね。本当に好きな男にしか出さない甘ったるい態度というか、「女」になる瞬間みたいなのがはっきり出るんですよ。それがもう耐えられないというか。。
 
で結局ハギオにもあっさり体を許してしまうんですが、その不潔な感じったらなかったです。ツチダはここで「私、ハギオとの子供を堕した」と言いハギオを萎えさせるんですが、ハギオも「へえ、うそー。そうなの。ありがとう」って感じで再び行為を始めるんですよ。せいいちと付き合う前にツチダは相当このハギオに入れ込んでいたっぽいですね。妊娠させられて捨てられて「あの頃はお前といるの全然面白くなかった」なんて言われているのにそれでも喜んで服を脱いでるんですから。お子様の僕には最悪すぎました。
 
 

女たらしのクズ野郎「ハギオ」

 
オダジョー演じるクズ野郎のハギオ。女の子の扱い方をこうもわかってるのかという感じで、ツチダが帰りたくない素振りを見せているのにもかかわらず「終電だし帰ろう」なんて一回は言うんですよ。でもそのあとの一瞬の反応で「あ、こいついけるな」って言うのがわかるんでしょうね。
 
「昔はお前好きばっか押し付けてきて、一緒にいるの全然楽しくなかったけど、今は楽しいし付き合う?」みたいなこともさらっと言えちゃう。かと思えばツチダがハギオとの将来を匂わすことを言えば無視したり、ほかにも女の子がいることを匂わせたり、本当にその場の感情だけで生きている男なんですよね。けど、女性から見たらそれがかっこいいのかな。。
 
ただ、自分の彼女がこんな男に媚態を見せていると知ったら発狂することは間違いないです。
 

 

 

ハギオとは対照的でクソ真面目なせいいち君

 
ツチダの彼氏でバンドマンのせいいち君はバンドを組んでいるんですが、そのバンドがレコード会社と契約して、グラビアアイドルの女の子をボーカルとして迎えることにモヤモヤしている青年。音楽に対して妥協したくないとメンバーとも衝突しているシーンからもそのこだわりはなんとなく窺えます。ハギオとは違って不器用で誠実なタイプ。
 
ツチダが自分のためにキャバクラで働いて、愛人契約をして体の関係を持っていると知った時のせいいち君の怒りようからも彼の誠実さはわかるし、それを知って寝る間も惜しんで必死にバイトするのも彼がただの無職ヒモニートではないことの表れです。そしてなによりこんな自分と一緒にいて幸せになれるわけがないとツチダに自分から別れを告げるところが一番真面目だなあと。
 
ツチダがせいいちと一緒に住んでるアパートにツチダの女友達とハギオを連れてきて部屋を散らかして、ベッドでぐうすか寝ているハギオの姿を見ても全然怒らない。それも自分は仕事で疲れて帰ってきたというのに。。それどころか「ゆっくりしてってくれ」なんてハギオたちに言う始末。優しい。優しすぎる。
 
 

どこにも着地しないラストシーン

 
ツチダはせいいちの歌を聞くことを何よりも楽しみにしていました。だからラストシーンでせいいちの歌を下北のライブハウスの裏の控え室で聞いて泣いてしまいます。この曲はやくしまるえつこが提供した曲です。なかなか賛否あるみたいですが結構僕は好きでしたw 
 
「別にお前に向けたとかそんな深い意味とかないから」なんて言ってせいいちは披露するんですが、それでも僕はせいいちが作ったこの曲は二人のことを歌っているようにしか見えなかったです。
「迷子の迷子の迷子の誰かさん ギターがあるなら歌を歌おう ギターがなければ手を叩こう 道の向こうには猫がいる 3回回ってにゃあと鳴く」
仕事もしないでフラフラしていた自分のことを「迷子の誰かさん」と例え、道の向こうにいる猫(ツチヤ)に向かって、彼女の望むものをギターや歌で生み出そうとして必死にラブコールをしていた自分を気をひくために鳴いている猫と重ねたのかなーと。
 
 
帰り道でツチダはせいいちと二人で会話するんですが、本当に友達みたいな会話でそこにはもう二人がカップルだった面影は全然ないです。
 
多分登場人物の誰も成長してないし、大した変化もしてない。ただ、お互いが誰かを失った人生に戻るだけ。こんな映画としてあるまじきラストが成立してしまうのはこの映画の強みだなと思いました。ただただ大人たちのアンダーグラウンドで粗悪な恋愛を扱っただけなのに、そこに描かれた人物たちが血の通った人物であるからこそ、大きなドラマがなくても完成したんだなと。それこそ現実みたいに。
 
 
タイトルの南瓜とマヨネーズってなんなんだろう。僕はマヨネーズが嫌いなので南瓜にマヨネーズをかけるものなのかさえ割と見当がつかないんですが、おそらくそう言うことではなくて野菜と調味料は冷蔵庫の中でも同じ場所に存在することはできない、けど、別々の場所で離れたところにあれば共存できるものとしての比喩なんでようか。それが共依存的だったツチヤとせいいちの関係のアンサーを表しているのかなあと。
 

 

 

感想

やっぱりこの手の汚い現実的な恋愛が描けるのは邦画のいいところですね。共感は決してできなかったけど、楽しめました。最後にせいいちが歌うヒゲちゃんはギター使って欲しかったかもなあ。。
 
 
 
 
 

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ネオアコにハマるきっかけを作った私的名盤10選

ネオアコとは?

ネオアコとは、ポスト・パンクの流れから派生した音楽ジャンル/スタイルのひとつ。ネオ・アコースティック (neo acoustic) の略称。なおネオアコネオ・アコースティックも含む)と言う言葉自体は和製英語であり、欧米では通用しない言葉である。(https://ja.wikipedia.org/wiki/ネオアコ

 

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1.Felt「Crumbling the Antisepic Beauty(美の崩壊)」

Evergreen Dazed

Evergreen Dazed

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Televisionのトム・ヴァーレインに憧れたローレンスというひねくれ詩人によるネオアコバンドです。個人的にネオアコと言われるバンドの中だったらダントツで一番好きなバンド。

憂鬱で内省的な歌詞と、暗くて冷たいネオアコサウンドに心を掴まれる人はきっと一定数いるんじゃないかと思います。僕は初めて聴いた時、もともと自分の中にあった音なんじゃないかってくらいしっくりきたのを今でも覚えている。。

オススメの一曲はこのアルバムの一曲目でもある「Evergreen Dazed」

憂鬱で内省的な歌詞が魅力だと言っておいてこの曲には詞が無いんですが、この曲は死の匂いを充満させたような曲です。ちなみに詞がある曲だったら4曲目のCathedralがオススメ。

Cathedral

Cathedral

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2.Everything but the Girl「Eden」

 

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ネオアコ名盤の代名詞のようなアルバム。喫茶店とかで流れてそうな曲が多いです。

ジャズとロックの架け橋のようなアルバムなんじゃないかと個人的には思います。僕はそんなにジャズに詳しくないんですが、それでもこのアルバムはとても聴きやすかったです。

独特で不思議な雰囲気を持つ屈指の名曲「Each and Every One」、優しく明るいギターポップの「Bittersweet」、落ち着いていて喫茶店で絶対一度は聴いてそうな曲の「Tenderblue」の流れがすごく好き。

 

 

3.Belle and Sebastian「tigermilk」

 

 

グラスゴーが誇るベルセバの記念すべき伝説のデビューアルバム。

元々1000枚限定リリースの幻のアルバムでもあります。

 

「Dear Catastrophe〜」辺りからかなりポップで聴きやすくなるんですが、僕はこの初期のインディー感満載のこのアルバムが好きです。

荒削りだけど繊細で、明るそうに見えて陰鬱な感じと言うんでしょうか。

オススメはまず1曲目「The State I Am In(邦題:僕はこんなさ)」は素朴で優しいギターポップだけど、「僕の弟がやってきてゲイだとカミングアウトした それは妹の結婚式の日に知らされた」なんて、歌詞を調べたら衝撃的だったのを覚えてます。

「She's Losing It」とか「You're Just A baby」も好きなんですが、僕はこのアルバムの中だったら「I Don't Love Anyone」が大好きです。

UKロックっぽい甘く優しいメロディーがグッとくるのと「僕は何も愛さない たとえそれがクリスマスでも」とか「もし僕が一つ学んだことがあるとすれば その時はまだ子供だったけど 何も愛してないなんてことは隠しているべきなんだ」なんて青年独特のイライラが混じったような詞の世界観も好きです。

 

 

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4.Orange Juice「You Can't Hide Your Love Forever」

 

Falling and Laughing

Falling and Laughing

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水しぶきとイルカの爽やかさ満載のこのジャケットが有名のこのアルバム。

ネオアコの名盤といえば必ず掲載されていると思いますが、優しいネオアコを想像して聴くと、少し違うかもしれないです。

一曲目「Falling and Laughing」はリズムとかコーラスがソウルっぽさもあります。僕が初めて聴いた時に思ったのは、いろんなジャンルのいいところを凝縮して全く新しいものができたような感じでした。

クリーンなギターで少し落ち着いた雰囲気(でもキャッチーとは言い難いような)「Untitled Melody」、パンキッシュなネオアコソング「Tender Object」など、ひと味違った音楽に出会いたいと思ったら聴いてみてほしいです。

 

Untitled Melody

Untitled Melody

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Tender Object

Tender Object

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5.Aztec Camera「High Land, Hard Rain」

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Orange Juiceと並んでネオアコの代表バンドとされるAztec Cameraことロディ・フレイムのファースト・アルバムです。

 

このバンドはよく青春とかエヴァーグリーンなんて言葉で言われてます。エヴァーグリーンという言葉が僕はいまいちわからないんだけど、とにかく爽やかでオレンジ・ジュースよりはとっつきやすいんじゃないかと思います。スミスが好きなら特に。

 

力強いアコースティックギターの「Obvilious」、個人的に終わり方がグッとくる二曲目「The Boy Wonders」、そして何と言ってもこのアルバムの肝となる曲「Walk Out to Winter」。

この曲の「ジョー・ストラマー(クラッシュのフロントマン)のポスターが壁から剥がれ落ちて、後に飾るものは何もない」という歌詞がすごく印象的でした。パンクムーブメントが失速しだした時代を生き、その流れを汲んだネオアコというサウンドをやった彼らだからこそ出てきた言葉なんじゃないかと思います。

 

Walk Out to Winter

Walk Out to Winter

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僕が個人的に好きなのは4曲目「The Bugle Sounds Again」。こんなタイトルにもかかわらずサウンドはいたってシンプルで、クリーンなアコースティックギターがメインでです。ラッパの面影なんて全然ない。

 

The Bugle Sounds Again

The Bugle Sounds Again

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6.XTC「Skylarking」

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XTCの通算8枚目のアルバム。最高傑作との呼び声も多いです。

このアルバムはザ・バンドダリル・ホール&ジョン・オーツを手がけたトッド・ラングレンがプロデュースしたことでも有名です。

 

77年というパンクムーブメント真っ最中にデビューしたポップ界のひねくれ者バンドXTC。曲と曲のつながりがスムーズすぎて、アルバムを通して聴いていると初めの頃はどこからが次の曲なのかわからなかった覚えがあります。

 

僕が個人的に好きなのは自分を振った相手のことを壮大に皮肉っているアルバム4曲目「That's Really Super, Supergirl」です。以下サビの部分ざっくりですが訳しました。

 

本当にお見事だよ、スーパーガール

たった2秒で自分自身を助けるなんて

君の友達は言うだろう

すごいよ、スーパーガール

世界の天候を変えてしまうなんて、と

でも君は僕らの関係を元に戻すことはできなかったね

僕はまるで君が作った孤独の要塞に深く繋がれてるみたいだ

君には悪いけど

僕の気分は最悪だよ、スーパーガール

 

自分を一人にした女の子に対して強烈に「僕を一人にするなんて自分勝手すぎる!」と嘆いてる曲(笑)

これがポップなんだかそうでないのかようわからんメロディーに乗ってるんだからひねくれ者だと言われても仕方なさそう。。痛快で大好きな一曲です。

 

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7.Prefab Sprout「Steve McQueen」

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このアルバムは85年発のセカンドアルバム。レコード屋でかかっていて思わず一目惚れ(?)したのを覚えてます。ジャケもかっこいい。

ちょっと古臭い青春の味がするような一曲目「Faron Young」はアップテンポの曲だが、爽やかなギターと透明感のある声が重なって激しさみたいなものはなく良い意味で軽い。

歌詞も面白くて、サビでひたすらに「君は朝の4時にFaron Young(実在のアメリカのシンガー)を聴かせる」「朝の4時にFaron Youngなんて勘弁してくれ」と繰り返してます。朝にこれを聴きながら自転車漕ぐととても気分が良いのでオススメです。

 

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8.Max Eider「The Best Kisser in the World」(キス上手)

 

My Other Life

My Other Life

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ジャズ・ブッチャーのギタリストによる87年のデビュー作。ちょっとラテンっぽいというか南国っぽいというか、87年とは思えないほど良い意味で古臭さも残っているような音楽。メロディーも正直、甘くキャッチーな感じよりは少し尖っているような印象さえ受けます。特に一曲目の「My Other Life」はそう。ただこのコードのマイナー感が個人的にはとっても気持ちが良くて好き。後この畳み掛けるようなボーカルも良い。ネットサーフィンで見つけて、なんてかっこいんだろうと思った記憶があります。全曲捨て曲なしです。

 

9.THE ORCHIDS「Lyceum」

 

It's Only Obvious

It's Only Obvious

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ネオアコの名盤と言われているものは結構ラテンぽかったりするものが多いですが、このアルバムは全体的に素朴なギターポップの曲が多いのでそういうのを求めている方にはピッタリかもしれないです。

一曲目の「It's Only Obvious」はネオアコ屈指の名曲。インディーロック、オルタナとか好きな人がはまるような気がします。ボーカルの歌い方がどことなくFeltっぽい。。個人的には「The York Song」と優しいコーラスが特徴的な「Carrole-Anne」も好き。

  

 

The York Song

The York Song

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Carrole-Anne

Carrole-Anne

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10.Another Sunny Day「London Weekend」

 

Anorak City

Anorak City

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最後の一枚はこれです。93年サラ・レコードからリリースのAnother Sunny Day唯一のアルバム。

キラキラしててノスタルジックなギターポップを集めたナンバーが多いです。「What's Happened to You, My Dearest Friend?」なんかはスミス感満載。

一曲目「Anorak City」、アノラックというのは日本で言ういわゆる「オタク」みたいなちょっと軽蔑を含んだスラングとかでも使われるし、80年代のグラスゴーを中心に発展したインディーロックのムーブメントとしても使われる言葉。イギリスの鉄道オタクがアノラックをよく着ていたことから由来したらしいです。

個人的なオススメは一曲目「Anorak City」の他に「I'm In Love With a Girl Who Doesn't Know I Exist」、「You Should All Be Murdered」、「Green」。

ちなみにサニーデイ・サービスのバンド名はこのバンドから取られたらしいのでサニーデイ・サービスが好きな人にも是非聴いて欲しいです。

  

What's Happened to You, My Dearest Friend?

What's Happened to You, My Dearest Friend?

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映画「さよなら、僕のモンスター」から考える、あの頃一番恐ろしかったもの

さよなら、僕のモンスター

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監督:ステファン・ダン

出演:コナー・ジェサップ、アーロン・エイブラムス

 

簡単なあらすじ

メイクアップーティストを目指す高校生のオスカーは、怒りっぽいが愛情深い父と暮らしながら、女優志望の友人ジェマとともに作品作りに没頭する日々を送っている。ジェマとはなんでも話せるけれど、恋人ではない、微妙な関係。 ある日、バイト先にワイルダーという青年が入ってくる。つかみどころがなく、どこかミステリアスで自由気ままに季節を謳歌するワイルダーを目にするたび、オスカーの中に生まれる鈍い痛み。それは彼が誰にも言えず、そして認めないようにしてきたある"気持ち"だった―。(Filmarks)

 

 

グザヴィエ・ドランデヴィッド・クローネンバーグに匹敵するなんて書いてあったのでドラン作品が大好きだった僕は早速観ました。

結論から言って、この映画は素晴らしいです。賛否あるみたいですが、僕はそう思いました。

観たのが19歳の時だったのでそんなに遠くもない高校時代のことを思い出していたんですが、あの頃抱えていた漠然とした不安や恐怖の正体ってなんだったんだろう??僕はどうして自分自身でいることを諦めていたんだろう??と突き刺さるような思いでいっぱいでした。学生時代に暗いトンネルにいたような人になら、きっとこの映画は届くと思います。

 

 

 

あらすじ① 幼少期に植えつけられるトラウマ

 

幼少期のオスカーは内気な少年だった。父のピーターはオスカーには優しかったが、母親には喧嘩の延長で暴力を振るうこともあった。

オスカーは誕生日にハムスターのバフィーをもらい、以来自分の悩みを打ち明けるようになる。(この映画ではハムスターのバフィーは話す)

 

母は父とうまくいかずある日突然出て行く。引き止めるオスカーに「捨てるわけじゃないのよ。隔週で会えるから」と言った。オスカーは以来父と二人暮らしになる。

 

ある日オスカーは学校で女子二人に「爪に何かついてるよ」と言われ、手の甲から爪を確認すると笑われる。「手の甲から確認するのはゲイの証。ゲイじゃない人は指を折り曲げて確認するのだ」と女子たちは言う。

 

オスカーはその日、学校でいじめられている少年を見かけた。助けようと思って後を尾けるが、結局怖くて物陰に隠れて見ていた。そしてその少年が集団でリンチされ、鉄の棒のようなものがお尻に刺さって倒れてる姿を見てしまう。

 

家に帰るとそのニュースがちょうど報道されていた。少年は死には至らなかったものの、下半身麻痺になっているようだった。

オスカーが父に「なぜあんなことを彼はされたの?」と聞くと父は「それは彼がゲイだったからだ」と答える。そして「お前も髪を切らないと危ないぞ」と。

 

 

あらすじ② 本当の自分を押し殺して生きる高校生活

 

オスカーは高校生になり、メイクアップアーティストになるために夢中だった。友達以上恋人未満の女の子、ジェマに特殊メイクをして、彼女をモデルにして写真を撮り続ける毎日を送っていた。

 

オスカーは特殊技術の道具を調達する目的でホームセンターでバイトを始めた。そこでオスカーはワイルダーという自由奔放な青年に出会う。制服シャツを忘れた彼にオスカーの制服を貸してあげたことで二人は知り合い、オスカーはそんなワイルダーに一目惚れしてしまう。

 

制服を返してもらったオスカーはそのシャツに顔を埋め、ワイルダーのことを想う。

そしてそのままトイレへ向かいワイルダーのことを考えてしようとするも、頭には幼い頃見たリンチされた少年が浮かぶ。ふと自分のお腹を見ると、そこにはあの鉄の棒が刺さっていた。(という幻覚を見る)

 

バイト帰りにワイルダーはオスカーを車で家に送ってくれていた。その時にオスカーが自分の両親が離婚したことを言うと、ワイルダーは「自分の両親もそうだからわかるよ」と言ってくれる。

 

ワイルダーはオスカーのツリーハウスに興味を持ち出し、見せてくれと言う。

ワイルダーはツリーハウスでバフィーを見ると、オスカーがバフィーをメスだと言っているのを訂正し「こいつはオスだ。タマが付いている」と言う。

その会話の後、低い声で話そうか高い声で話そうか迷っているバフィーは「ジェンダーがこんがらがったみたい」とオスカーに言った。(バフィーの言葉は男性に惹かれ戸惑っているオスカーの言葉でもある)

 

父はジェマにこっそり会った時に「オスカーと付き合っているか」と聞く。ジェマは「彼が言ったの?」と言いごまかしているが父は「つまり息子は...(ゲイなのか)」と続けて聞こうとしていた。ジェマは何かを悟ってはぐらかし答えない。

 

 

あらすじ③ 挫折と孤独を味わうオスカー

オスカーはバイトにも身が入っておらず、人員削減のためにクビになってしまう。

一緒にクビになったワイルダーがバイト帰りにベルリンに数ヶ月行くことをオスカーに告げる。そしてそのための仮装パーティーに良かったら来ないかとオスカーを誘う。

 

家に帰ると願書を送っていたメーキャップ・スクールから不合格通知が来ていた。オスカーはひどく落胆してしまう。

 

オスカーが母の服を着て仮装パーティーに行こうとしていると、父がやってきて「何をしているんだ」と言われる。「仮装パーティーに行く」と言うと、「オカマの集まりに行くんじゃない」と言われる。オスカーはそんな父をオスカーはクローゼットの中に突き飛ばした。

 

ワイルダーの仮装パーティーに到着したオスカー。自分をメイクしてくれた女の子に「ベルリン行きの空港券はいくら?」と聞くと「ワイルダーが行くって言ったの?彼はモントリオールで両親と暮らすのよ」と言われる。(両親が離婚していたと言っていたのも、ベルリンに行くのも嘘だと判明)

 

オスカーはハイになりワイルダーのことしか見えていないが、ワイルダーは他の女の子と踊っている。そしてキスしているところまで見て更に落ち込んでしまう。

そのショックもあり声をかけられたアンドリューという男と踊っていたが、一人でトイレに向かってしまう。しかしアンドリューは追ってきて背後からオスカーを犯す。その時にまたもや思い出すのは公園でリンチされていたあの少年だった。

オスカーはトイレで吐いてしまう。その吐瀉物は大量の釘に見え、自分の腹のなかでも何かがうごめいているように感じる。そしてそのまま気絶してしまった。

 

倒れて吐いているオスカーを起こすワイルダー。警察が来たので逃げようと言う。

ツリーハウスに移動し、同じベッドに横になるとワイルダーは「いつから男が好きだった?」とオスカーに聞く。「わからない」と答えると、「もし友人の俺がキスして腹のなかで何か感じたらわかるよ」と言い、ワイルダーはオスカーにキスをする。

「何か感じた?」とワイルダーが聞くと「わからない」とオスカーは答える。「俺は何か感じた」と笑いながら答えるワイルダー

そして二人は手を繋いでそのまま眠った。

 

 

あらすじ④

朝オスカーが起きるとワイルダーはいなくなっていた。残っていたのは「行くよ。ニューヨークで頑張れ」という手紙だけだった。

 

母親の家に窓ガラスを割って押し入るオスカー。「俺は悪いやつなの?」「なんで独りぼっちなんだ?」とワイルダーが行ってしまった寂しさもあり、感情が抑えきれず母親にぶつけた。オスカーは母親が自分を捨てて新しい家族と人生を手に入れたことを責めた。

母は「それはフェアじゃないわ」と言ってからこう続ける。「あなたはそういう子よ。この先もきっと楽じゃない。クソまみれの人生なら強くなるしかない」

 

オスカーと母が家に戻ると家の中が荒れていた。そしてハムスターのバフィーが家のどこにもいないのに気がつく。

オスカーは外に出てバフィーが死んでいるのを発見する。オスカーが出てった夜、父はイライラしてハムスターを殺してしまったのだ。母は父を「これが父親のすることなのか」と攻め立てるが、オスカーは死んでいるバフィーを見て呆然とする。父は母に暴言を吐いて喚き散らしていた。

 

バフィーを飼っていたケースの中から子どもの頃、リンチされていた少年を助けるために持っていた棒を発見する。そして自分のお腹を見ると深く鉄の棒が刺さっていた。オスカーはそれを取り出し父親に殴りかかろうとする。

 

しかしオスカーは父親のことは殴らず横の椅子を壊す。そして家の中に入った父親を鉄の棒をドアにはめて閉じ込める。

 

オスカーは母親の新しい家族に看病される。ニューヨークの学校に落ちたことを母親に言うとフォーゴ島の短大にアーティストの居住エリアがあることを教えてもらう。

 

オスカーはたった一人でフォーゴ島にいた。そしてそこで一緒に連れてきたバフィーを船に乗せ海に浮かべて別れを告げる。「君は幸せそう」だとバフィーは言い、こう続ける。「言っておくけど、最初のハムスターじゃない。だって10年だよ。君の両親が4回も替えた」

 

目を閉じて眠る時、父親の幻覚を見る。「ねえ、夢が見たい」と幼いオスカーは言った。その中で父親は「ねだるような歳じゃないだろ。自分で夢を作れ。なんでも手に入れられる。愛してる。お前は俺の誇りだ」と言う。

 

たった一人でその言葉を胸に決意を新たにしオスカーは目を閉じた。

 

 

感想① もう一人の自分「バフィー」を通して自分と向き合う主人公

 

この映画を観てまず、ハムスターのバフィーが喋ることにびっくりした人は多いと思います。

もちろん、バフィーの言葉はオスカーの生み出した言葉です。ポイントはバフィーがオスだったことが判明した後に言ったジェンダーがこんがらがったみたい」という言葉。あれは男性を好きになり、自分の恋愛対象が男性であることに気づき始めた自分に対して本当に「普通の男」なのか...?と疑い始めているオスカーを投影したものです。

 

バフィーと対話することを通して自分と向き合い始め、自分の変化をからかいながらもずっと見ていたバフィー。ラストシーンでのそんなバフィーとの別れはオスカーが自分自身に対して迷うことからの決別の意思なんだなあと思うとかなりグッとくるものがありました。

 

原題がCloset Monster(in the closetでゲイであることを隠しているという意味だが、この場合はその意味だけじゃなく自分を押し殺しているという意味もありそう)とあるように、結局一番恐ろしいことは自分で自分を認められないことです。

オスカーは恋愛も成就せず、夢にも敗れるけど最後にはトラウマを克服し、ゲイであることを認めてくれなかった父親を封印し、(だからあえて殴るのではなく、家に閉じ込めたんだと思う)自分で自分を認めることができました。そして新たな方法で自分の夢に挑戦して行くことを選んだから、「さよなら、僕のモンスター」という邦題がつけられたんだと思います。

 

感想② 父親の性格の複雑さ

よく映画である「こいつは悪い奴」「こいつはいい奴」みたいな人間が簡略化されてる描き方がこの映画になかったのも良かったです。この映画は出てくる登場人物の描かれてない部分の背景まで想像してしまうような、いわゆる血の通った人間を丁寧に描いた映画でした。

 

そういった安易な人物描写を全然していないのが父親の存在に特に出ています。父親は酒癖が悪く癇癪持ちだけど、幼かったオスカーにとても優しく接していたし、バフィーが死んでも、オスカーに内緒でこっそり取り替えるようなそんな一面もあったわけなんですよね。だけどそのバフィーをイライラすれば殺してしまったり。

 

愛情を持っているのか持っていないのかも不明だけどここら辺の人間特有の曖昧さがこの映画に深さを出していると思うし、ドランに似てると言われているのはまさにここなんじゃないかと思う。演出の雰囲気ももちろん近かったですが。。

 

 

感想③ ワイルダーの嘘

 

ワイルダーは大きく三つの嘘をこの映画でついています。

  • 両親と離婚していると言ったこと
  • ベルリンに行くと言ったこと
  • オスカーにキスした時に「何か感じた」と言ったこと。

 

オスカーに合わせて両親が離婚していると言ったり、その嘘を隠すためにさらに上塗りするかのようにベルリンに行くと言ったり...。(本当は両親とモントリオールモントリオールで暮らす)

 

ワイルダーが嘘をついたのは映画的に奥行きや味を出すためだと思ってました。日常生活でも時々、自分に大したメリットもないような嘘をついてしまったりすることがあるので、現実に近づけるためにそんなことをしたのかなーと。。

 

ただ三つめのオスカーにキスをした時に「俺は何か感じた」と言ったのは優しさでついた嘘だと思います。

 

多分、ワイルダーはオスカーの好意に気づいてます。それもかなり早い段階から。そしてその気持ちに先回りして嘘をつくようなところがあったんじゃないでしょうか。オスカーのことは友人として大切に思っていて、その好意に自分なりにキスという形で応えたんだと思います。

 

オスカーもオスカーでワイルダーが自分に気を遣ってることも気づいています。だからワイルダーが好きなのに、確信に迫ることを聞かれても「わからない」と言ってばかりで答えられないのです。

 

 

感想④ トラウマを象徴する鉄の棒や釘

 

オスカーは男性に惹かれることを自覚するたびに鉄の棒の幻覚を見ました。それはお腹の中でうごめいていたり刺さっていたり、かなりグロテスクですが、それくらい痛みを伴うトラウマとして幼少期の頃見た少年のことは残っていました。

 

 

だからこの映画の最後で自分のお腹に血まみれで刺さっている鉄の棒を抜いて父親に向かって行くことは「トラウマからの解放」を意味します。しかし、オスカーが父親を殴らなかったのは鉄の棒(自分のトラウマの象徴)で自分が誰かを傷つけるような真似はしたくなかったということなんだと思いました。そしてオスカーはそれで父親を閉じ込め、ゲイであることを否定する父親に打ち勝ったのです。それもかつては自分に刺さっていた鉄の棒を使って。

 

自分を閉じ込める場所であるクローゼットに父親を突き飛ばしたり、自分のトラウマだった鉄の棒で父親を家に閉じ込めたりなど、この映画ではそんな自分を苦しめていたものを使って反逆して行くという場面がたくさんあったのが良かったです。

 

結局好きだったワイルダーもいなくなり、夢にも敗れたけど自分自身のトラウマには打ち勝ち、新たな人生を開拓するというラストはだからこそとても感動的でした。本当に、めちゃくちゃ泣けた。。

 

まとめ

 

この映画はちょっと難解だったので実はもう4回ほど観てますが、観るたびに発見があって面白いです。賛否あるみたいですが、僕は映画だからって現実と切り離せない、自分の人生にも通ずるような希望が見れたのが物凄く良かったです。

 

「さよなら、僕のモンスター」が好きだった方にはこちらも合わせてオススメです。こんな感じの少年少女の感情に寄り添った映画が多めに集めたので良かったら!

 

www.neatnobibouroku.info

 

  

 

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映画「アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ」を観た。男たちに復讐する1人の女性

アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ(2010)

 

監督:スティーヴン・R・モンロー

出演:セーラ・バトラー、ジェフ・ブランソン、ダニエル・フランゼーゼ、ロドニー・イーストマン、チャド・リンドバーグ、アンドリュー・ハワード、トレイシー・ウォルター

 

 

「ケダモノども、地獄へ堕ちろ」という過激なキャチコピーで有名なこの映画。

実は続編も何作か出ているちょっとしたヒット作です。

元々は「発情アニマル」という1978年に公開されたリベンジものの映画のリメイクです。

 

ざっくりとしたあらすじは、森のロッジで一人で執筆活動をしている作家のジェニファーが男たちに集団レイプされ、その仕返しをすると言う話。

 

この仕返しがまた凄まじく、スカッとしつつも分類としてはトーチャー・ポルノに入るんでしょう。胸糞映画だとも言われています。

 

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前半のあらすじ

 

作家のジェニファーは集中して執筆活動に取り組むため人里離れたロッジに向かっていた。

その途中のガソリンスタンドで男たちに出会う。仲間の一人、ジョニーという男はジェニファーを口説こうとするがジェニファーは軽くあしらい、相手にしなかった。

 

いよいよロッジに着き、執筆を始めるが何だか不穏で集中できない。挙句トイレが壊れたりその中にスマホを落としてしまう。そこにトイレ修理に向かったマシューはスタンドにいたジョニー、スタンリー、アンディーの仲間だった。

 

マシューはトイレ修理のお礼にジェニファーにキスされる。ジョニーたちにマシューがそれを言うと、ジョニーは自分でも相手にされなかったんだから嘘をつくなと不機嫌になる。マシューはどもりがちで仲間からバカにされている存在だった。

 

 

そしてその話が引き金になったのか、ジョニーたちは夜に突然ジェニファーのいるロッジに押しかけ、暴行する。酒を飲ませたり殴ったり。

しかしそれでも何とかジェニファーは逃げ出し、林の中を無我夢中で走っていると保安官のスコーチに保護される。そしてスコーチとともにロッジに戻る。

 

しかし、その救世主に見えた保安官のスコーチこそジョニーたちの親玉だった。助かったと思った矢先に混乱するジェニファー。だが、彼らはふざけ半分に童貞のマシューにジェニファーとセックスするように言う。仲間が怖いマシューはジェニファーが泣き叫んでいるにもかかわらず言う通りにしてしまう。

 

林の中で今度は泥水の中に顔を入れられ、結局全員にレイプされる。ふらふらと立ち上がったジェニファーは男たちに射殺される前に川に飛び込む。

 

保安官で家庭を持つスコッチはジェニファーの死体が見つかり、事が明るみに出るのを恐れ必死に死体を探させた。

 

だが数日経過しても死体は見つからなかった。。

 

 

後半(ジェニファーによる仕返し)

 

マシューがロッジに戻って来るとそこにはジェニファーがいた。

ジェニファーはもう生気をなくしていた。

「僕はイヤだったんだ」

マシューは懇願するように言った。

「わかってるわ。あなたは悪くない」

「ごめんなさい」

泣きながら謝るマシューをジェニファーはロープで首を絞めて気絶させる。

 

次はスタンリー。罠にかけ拘束し、ネズミの死骸を食べさせ、瞼を釣り針で引っ張り、魚の血にまみれた肉片を顔にかける。そしてその全ての様子を彼が自分にやったのと同じように動画に撮る。

 

するとやってきたカラスたちが彼の顔を突き始め最後には目玉をほじくり返してしまうのだった。

 

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その次はアンディー。水酸化ナトリウムを張ったバスタブの上で体を固定する。顔を上げることに疲れてしまうと彼はその中に顔を入れるしか無くなる。そうするとみるみるうちに皮膚が溶けていった。

 

そしてジョニー。全裸にして縛りつけ、歯を無理やり抜いた挙句、枝切り鋏でアレを切断してしまう。。

 

 

最後は親玉のスコーチ。妻と子供に「特進クラスの先生」を装って近づくジェニファー。そしてスコーチをおびき出し、眠っていたマシューの手と保安官のお尻に突きつけられた銃を紐で結びつけた。

マシューが起きてよろよろと立ち上がると、銃の引き金が引かれ、保安官とマシューは同時に死んだ。

 

 

感想 ジェニファーは死んでなかったのか?

 

タイトルの「アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ」(私はお前の墓に唾を吐く)にもある通り拷問されて死んだとしても、この男たちに同情の余地が一ミリもなさすぎて結構スカッとしてしまった。

後半の仕返しは本当に凄まじくて、痛々しかったのでそんなにやらんでもなんて思ってしまうけど、映画の中だったらこういう男たちはこれくらい悲惨な拷問をされて欲しかったような気もした。

 

最初のシーンであったようにジョニーたちがレイプすることになった動機って、ジェニファーに相手にされなかった腹いせだったり、田舎者であることの劣等感だったりと本当に小さいしクズすぎた。

 

そしてもう一つ大きかったのは保安官で妻も娘もいるスコーチが影で見知らぬ女性をレイプする最低ア○ルファ○ク野郎だったと言うぶっ飛んだ設定。

犯人たちの親玉が「まとも」とされている肩書きを持っている男だったのはこの映画の大事な要素だったと思う。キリスト教信者なのが窺えるシーンもあったし。

 

あと生き返ったジェニファーは生気がないし、裸のまま落下したのにちゃんと服を着てるし(彼女の所持品は全てすぐに男たちによって燃やされていた)、大柄の男たちを一撃の殴打で倒したり運んだりしていてさすがに無理がありすぎるので、これはほぼ間違いなく死んだ彼女の怨念だったということだろう。川から飛び込んだ時に彼女はすでに死んでいたが強烈な憎悪によって蘇ったのだと思う。

 

拷問は個人的にはあの目玉をカラスにつつかれるのが一番イヤだったなあ。意識のあるまま目玉を突かれるの想像したら怖すぎた。

 

レイプした罰なんだから、ジョニーのやられた去勢はなんとなく当然だったような気もする。あのおっきい枝切り鋏で切られるの信じられないくらい痛そうだけど。。

 

 

まとめ

「レイプされた女性が男たちに復讐する」というシンプルな設定だけど、時々観たくなってしまうタイプの映画だった。胸糞感はそこまで残らないしグロいのが得意な人は観ても損はないはず。

(2019年4月12日現在、「アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ」はアマゾンプライムビデオで鑑賞可能です。無料登録期間に契約解除すれば無料で視聴できます)

 

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「グッドナイト・マミー」を観た。悲しすぎる結末の傑作スリラー

グッドナイト・マミー(2014)

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監督:ベロニカ・フランツ、セベリン・フィアラ

出演:ルーカス・シュワルツ、エリアス・シュワルツ、スザンネ・ベスト、ハンス・エッシャー 

 

ざっくりしたあらすじは、整形手術から帰ってきた顔面包帯ぐるぐるの「ママ」の態度がどこかおかしく、「もしかして別人なんじゃ...?」と双子の子供たちが疑いにかかるという話です。

 

虫とグロが苦手な方はここで読むのをやめるのをお勧めします。

 

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あらすじ(ネタバレあり)

 

自然に囲まれた森の近くの一軒家に住む双子の男の子ルーカスとエリアスはいつも一緒に遊んでいた。

ある日、お母さんが整形手術を受けて顔に包帯ぐるぐる巻きで帰ってきた。でも、そのお母さんはまるで別人のように冷たく変わってしまっていた。

二人はお母さんが本当に自分たちが知っている「お母さん」なのか疑い始める。お母さんが、ゲームを途中で無理やりやめさせたり、食事も飲み物もエリアスにだけあげて、ルーカスにあげなかったりし始めたからだ。

 

ルーカスとエリアスはお母さんが本当のお母さんじゃないと疑い、それを予知するような怖い夢を見たのもあって、寝ている間にお母さんの顔の上にGを忍ばせる。(二人は部屋で大量のGをケースに入れていた)そしてGはそのまま口の中へ入ってしまう...。

 

ある日、ルーカスとエリアスはアルバムを見ていると、母親とよく似た女性がサングラスをつけお揃いの格好をして写っているのを見つけ、疑惑確信に変わっていく。

 

ある日森からこっそり運んできた猫が地下室で死んでいるのを見つける。「きっとママがやったんだ」とエリアスは呟く。

 

包帯が取れてお母さんは以前と同じ顔だったが、それでも兄弟たちの不信感は拭えず、二人はついにお母さんが寝ている間に手足を包帯でぐるぐる巻きにして身動きのとれない状況にする。「僕らのママを返して」と兄弟は繰り返す。

 

二人は昔の「ママ」の動画と比べて瞳の色などをじっくり調べる。

そしてホクロが付けボクロになっていつことを発見した兄弟の行動はエスカレート。お母さんは手術の時に病院で除去したと言うが、その言葉も信じず、お母さんの頬を虫眼鏡で焼いたり、口を接着剤で塞いだり。。

 

そして家に火をつけて弱りきったお母さんもろとも焼こうとするエリアス。最後にお母さんは言う「わかったわまたフリをする。ルーカスとも話す。ルーカスは生き返る。食事も二人分作る。だから私をママだと認めて。約束する。エリアス。ルーカスが死んだのは事故よ。あなたのせいじゃない」

 

そして火をつけた「二人」は精神世界の中で本物の「ママ」と再会し、3人で一緒に思い出の歌を歌うのだった。

 

 

なんといってもこの話の肝は

「ママが偽物だったのではなく、双子の片方ルーカスが実は死んでいて、エリアスはその幻覚を見続けていた」ということ

 

オープニングのシーンであったようにルーカスは湖で遊んでいる時に溺れて死んでいた。

しかしそれがあまりにもショックで、一緒に遊んでいたエリアスは自分のせいだと責めるうちにルーカスの幻を見ることによって自分を守っていたのだと思う。病名で言うなら統合失調症のようなものなんだろうか。

 

母親だって自分の子供を亡くして相当のショックを抱えていたはずなのに、それに加えて生きている子供まで頭がおかしくなり、自分が本当のママじゃないと疑われていくんだから、この母親の気持ちに感情移入しすぎると観ていられなくなると思う。

 

この母親が最初冷たかったのは、いつまでもルーカスがいるように振る舞うエリアスにイライラしてしまったからだった。それを「母親と誰かが整形手術を利用して入れ替わった」とミスリードしてだんだん「おかしくなっていたのは子供の方なんじゃ...?」と明かすこの構造の変化がかなり恐怖を煽ってくる。

 

スリード部分をまとめてみるとこんな感じ

  • 狂った母親の姿(実際はエリアスが見ていた夢)
  • 母親そっくりの女性の写真(実際は友人とふざけて同じ格好で撮影していただけだったが、最後まで明かされない)
  • 結婚式などの写真がアルバムから消えて無くなっている(おそらく離婚したから捨てただけなんだろうが、これも母親の証拠隠滅だと錯覚させられる)
  • 猫が死んでいる(おそらく猫がエリアスの部屋から逃げ出して死んでしまっただけなのを母親がやったかのように見せかけている)
  • ルーカスの言葉をエリアスが繰り返すことによって、母親がルーカスの声が聞こえてないことを分かりづらくしている

 

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ただ、伏線はもっといっぱいあったので勘のいい人や映画を見慣れている人なら途中で気づいたかもしれない。

 

伏線まとめ

  • 食事がエリアスの分しか出てこない。(ルーカスにどうしてあげないの?と言われると「当たり前でしょ」とお母さんが答える)
  • おでこに紙を貼って、貼られた人が質問し何が書かれているか当てるゲームでも、お母さんはルーカスの出したヒントだけ聞こえていない(しかも子供が二人いるとエリアスが言うところで場面が意味深に切り替わる)
  • お母さんとルーカスの直接の会話シーンがない。ルーカスに話しかけない
  • エリアスが目覚めるとルーカスも起きる
  • 母親が電話で誰かに「これ以上フリを続けられない。現実と向き合うべきだわ」と相談している。
  • 「もうママはフリをしないからね。食事も服も一人分だけ。ルーカスに話しかけないと約束して」とエリアスに言う。
  • エリアスとルーカスが同じ鼻から鼻血を出している。

  • ルーカスがいるはずのベッドを無造作にお母さんがめくる。 

 

 

そしてエリアスの精神がもう崩壊していることもいろんなシーンからわかる。

  • 危ない夢を見る(森の中で狂っている母親の姿や、母親のはらわたからGが大量に出てくるなど)
  • Gを大量に飼育してる
  • 虫眼鏡で虫を燃やしている
  • 全然笑わない

 

なんかもう怖いというよりも断然悲しい映画だった。

自分が本物の母親であることを信用してもらえず、実の息子に「本当のママはどこ?」と拷問されるシーンは辛いとか怖いと言うよりも悲しすぎた。

 

気分が絶対に落ちるとわかってても時々観たくなってしまう映画ってたまにあるけど、僕にとってこの映画はその一つに含まれるような気がする。音楽とかも少ないけど、食い入るように観てしまった。なんか不気味だけど魅力的...。虫とホラー、あとは鬱系に耐性がある人には是非観て観て欲しい。

あとこんな感じのどんでん返し系映画はここにもまとめたのでこちらも合わせてよろしくお願いします。

 

www.neatnobibouroku.info

 

 

 

 

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