意識高い引きこもり大学生の独り言

根暗を加速させるような音楽と映画と本が好き

「生まれてきてよかった?」他人に聞かれて気付いた。

ぼくは、自分のことをよくわかっていない。もっと言うならぼくは勝手に不幸のどん底を歩いていると思っていた。思春期特有の病気である。そして、自分でそんな自分をお子様でクソガキだと認めることで、許してくださいと周りに媚びていることも自覚している。

 

さて、この間、ぼくは友達と夜遅くまでやっているカフェでしゃべっていた。夜が更けるにつれて、音楽、映画の話から話題は自分自身の話に移っていく。会話と会話の間のちょっとした沈黙を挟んだ後に彼女はぼくにこう聞いた。

「ねえ、生まれてきてよかった?」

ぼくは自分が村上春樹の小説の主人公になったみたいな気分に陥った。誰かにそんなことを聞かれたのは生まれて初めてだった。それも彼女は決して苦しんでいる人間ではなく(もちろんぼくがみた限りでは)、ぼくよりも前向きで冷静で賢い人だ。ぼくと違って必要以上の嘘もきっとつかないだろうし、過去のことで何年も感傷に浸ったりすることもない。そんなことをおそらく理解できないと思っているタイプの人だ。

ぼくはなんでそんなことを聞くかなどと言って時間稼ぎをすることは許されないと思った。彼女は、腑に落ちる答えをぼくに求めていた。

「よかったと思う」

ぼくは自白するように言った。つらいことをできるだけたくさん思い出してみた。正直目も当てたくない過去もその中にはある。でも、それを「無」と天秤にかけてしまったら。ぼくには何も始まらない方が怖かった。死ぬのは怖いが、何も始まらないのはもっと怖い。村上春樹ノルウェイの森で言うように生の対極は死ではない、ぼくは「無」だと思う。思い返せば生きててよかったと思う瞬間だってたくさんあった。ぼくは今を嘆いていても、たちの悪いことに人生なんてこれっぽっちも諦めてはいなかったのだ。他人にふっと聞かれて、ぼくは思っていたより自分が生を謳歌していたことに初めて気がついた。

そしてこれは目の前の彼女には言えなかったが、「ぼくが生まれてきてよかったかどうか」なんてことに興味を持ってくれて質問してくれる人間がいるということだけで、本当はぼくにはたまらなく嬉しかったのだ。生きててよかったなんてこっそり思っていた。

ぼくは全然現実に誠実じゃない。フラワーカンパニーズの深夜高速の前半の歌詞は、紛れもなくぼくのことだと聴くたびに思う。ぼくが好きなのは音楽、映画、本、現実逃避をして別の世界に逃げ込むものばかりだ。それが趣味でもいいのだろうが、ぼくはみんなが人と話している時間にそんなことしかしていないと思うと不安になる。それだけに没頭しているうちに、どんどん現実のみんながいる世界から離れて還れなくなるんじゃないかと。でも、そんな一般論に縛られていても、人生を謳歌できるかは好きなことをやったかどうかなのは、ぼくもTwitterでいろんな大人の生き方を見て頭ではわかっている。きっとそうなのだろう、ぼくは勝手に世間体や周りが作りあげた大学生の理想像と比べて、自分は楽しくなさそうだと決めつけていただけだ。自分の体感や感覚だけで見れば、楽しい瞬間はたくさんあった。ぼくはこれからも引きこもって映画を観たり、遊びたくない人との遊びからやんわりと逃げて、そのお金でレコードを買ったりしたいと思う。