大学生の退屈しのぎ

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社畜になって、虫になった。ーフランツ・カフカ変身を読んで

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「ある朝、不安な夢から目を覚ますと、グレーゴル・ザムザは、自分がベッドのなかで馬鹿でかい虫に変わっているのに気がついた。甲羅みたいに固い背中をして、あおむけに寝ている。」(出典:変身・掟の前で他2編 光文社古典新訳文庫

 

この有名で衝撃的な一文から始まる20世紀文学の代表作カフカの「変身」

 

これは僕にとって、もしも社会的役割を放棄した自分に存在価値がちゃんとあるのかを問い直す作品になった。そして、それを考えるのは思っていた以上に恐ろしく、自分でも触れてはいけないタブーの領域に無意識に押し込んでいたことにも気づかされた。

 

目次

 

あらすじ(ネタバレ含む)

セールスマンとして身を粉にして働いていたグレーゴルはある日突然虫になった。虫になった自分の姿よりも、その日乗らなければ行けない列車の時間を心配するグレーゴル。時刻はもうとっくに過ぎていたし、虫になった自分の体は思うように動かなかった。

会社のマネージャーが家まで迎えに来るが当然仕事はクビ。家族は悲鳴を上げ、誰も変わり果てた彼の姿を誰も受け入れられなかった。

それ以降、一家の生活は大きく変わってしまった。稼ぎ頭を失い、高齢の父親が再び働くことに。女中も解雇し、家事は妹と母親がやらなくてはならなくなった。母親もその傍らで縫物の仕事をし、妹も店員として働いた。グレーゴルは自分の部屋の外に出たことがきっかけで父親にリンゴを投げられる。リンゴの果肉が体に食い込み、グレーゴルは深い傷を負った。

グレーゴルの世話は妹がやってくれた。最初は優しく世話した妹も、余裕がなくなるにつれて最低限の世話を淡々とこなすだけになっていた。だんだんグレーゴルの部屋は汚い物置と化していく。不要なものをその部屋に詰め込んで、空いた部屋を3人の間取り人に貸すことにした。その男たちとの夕食のあと、妹がヴァイオリンで演奏しているとその音に惹かれてグレーゴルは出てきてしまう。その存在に驚いた3人の男たちは一文も払わず出ていくと憤慨した。

翌日、衰弱したグレーゴルはほこりまみれの汚い物置で死んでいた。働き詰めだった家族は3人で郊外に出かけ、希望のある将来を語り合う。

 

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感想と考察

グレーゴルが死んで物語グレーゴルの視点から語り手の視点へと移る。そしてグレーゴルの死を神の祝福だと喜び、人生の再出発を始める家族の様子は恐ろしかった。もちろん、家族だって十分苦悩した立場であることはわかっているのだけれど。

 

人間の存在意義とはなんなのだろう。

仕事を辞めたら、今の姿でいることを放棄したら、周りの人間関係を放棄したら失われるのだろうか。

 

グレーゴルがこの姿になったのは、おそらく懲罰ではなく願望だろう。冒頭にグレーゴルがこんなことを思うシーンがある。

「どうしてこんなにしんどい職業、選んでしまったのか。明け暮れても出張だ。オフィスでやる仕事より、ずっと苦労する〜(略)くそっ、こんな生活、うんざりだ。」(出典:変身/掟の前で 他2編 光文社古典新訳文庫

 

毒虫は「Ungeziefer」=有害小動物、害虫の意味。つまりは社会的に無価値な生き物。

グレーゴルは一家の長として働き、老いた両親と妹を養うことから解放されるという願望を叶えるが、その姿は家族にとっては毒虫でしかなかったということなんだろう。

かえって妹は、グレーゴルが虫になったことにより、社会的役割を手にいれる。妹はこれまで家族からは怒られてばかりで、役に立たない存在として扱われていたが、気味の悪いグレーゴルの姿を見ても部屋に入り、食事を与え、彼の身の回りのお世話をしたからだ。家族という集団の中で、他の人間ができないことをしている妹の存在価値は上がった。彼女にとっては、疎外されることの方が毒虫といるよりも恐ろしかったのだ。それはグレーゴルの部屋の掃除をしなくなった妹に代わって、母親が部屋を掃除したら侮辱されたと思ってひどく泣いているシーンからもわかる。彼女はグレーゴルが変身する以前の役立たずになることを恐れていたのではないか。だから、怖がることなくズケズケとグレーゴルの部屋に入って行けたのではないのだろうか。

 

文庫本で約100ページと少ないながら、ここら辺の人間の本質を見事に描き出している部分はすごい。

 

内側の世界に閉じこもることを望んでしまったグレーゴルの部屋の窓がだんだん霞んでいくのも窓=外界の世界との繋がりであり、自分がどんどん疎外されていくのを表しているのではないかと思う。そしてどんどん外界の世界との接点をなくしたその部屋でグレーゴルは息絶えた。

 

まとめ

「変身」では、自分は他者に何かしらの責任を負っていて、それが果たせなくなったときはきっと集団から疎外されてしまうという残酷な真理を学んだ。(もちろん僕の解釈ではということ)真実は時に誰かを傷つけるもの。読んでみてやっぱり名作と言われるのが納得の一冊だった。