大学生の退屈しのぎ

好きなものをひたすらに貫いていきたい

人生で初めて悪に惚れた映画、時計じかけのオレンジの魅力を改めて考える。

スポンサーリンク

もう散々語り尽くされた映画ではあるけど、スタンリー・キューブリックの「時計じかけのオレンジ」(1971)はその過激なバイオレンス描写で物議を醸すも、人々の心を惹きつけて離さない映画だ。僕もこの映画に魅了され、キューブリックを知って、映画の世界に足を踏み入れた人間の一人である。


A Clockwork Orange , Official Trailer

今回は改めてこの映画がどんな映画でどこにその魅力があるのかを改めて振り返りたい。

目次

 

 

時計じかけのオレンジ」あらすじ

舞台は荒廃したロンドンの近未来。主人公アレックスを含む四人の不良グループは薬入りの牛乳を飲んで、ホームレスをリンチしたり、敵対している不良グループと抗争したり、衝動的な暴力に明け暮れていた。

車で逃げ回ったアレックスたちは今度老いた作家の家に押し入る。作家をリンチし、雨に唄えばを歌いながらその作家の前で彼の妻を輪姦する。

そんな中不良メンバーたちはアレックスがリーダー格であることに不満を持っていた。グループは今夜も大金持ちの女性が一人で住んでいる家に押し入り、アレックスはその女性を撲殺してしまう。しかし逃げる際、仲間にはめられアレックスだけが警察送りになってしまう。

実刑判決14年を言い渡されたアレックス。刑務所では聖書にも興味を示し、牧師に気に入られるほど模範囚として過ごした。そんなアレックスは早く出所するために「ルドヴィコ式心理療法」の実験台となることを申し出る。

このルドヴィコ療法では医師による投薬が行われた後、拘束衣を着せられ、まばたきができないように目を器具で固定され、ひたすらにバイオレンスシーンを見せられる。BGMはアレックスの大好きなヴェートーヴェンの第九だった。時間が経つにつれ過激なバイオレンスシーンにアレックスはどんどん気分が悪くなり、暴力行為や性行為、大好きな「第九」にまで凄まじい嫌悪感を覚えるようになる。この心理療法では、人格を改造し残忍なアレックスを「健全」にすることが目的だった。

ルドヴィコ療法はひとまず「成功」し、善良な市民に改良されたとされたアレックスは釈放された。しかし出所したものの、実家には下宿人が住んでおり、犯罪を犯したアレックスの居場所はもうなかった。

一人で街をさまよっていると、アレックスは昔リンチしたホームレスに出くわす。ホームレス仲間にリンチされ、ボロボロになったアレックスの元に現れたのは警察官になった昔の不良仲間で、アレックスは再びリンチされる。雨も降り、体力もなくなり助けを求めたのはこれまた以前暴力を振るった作家の家。奥さんは輪姦がショックで自殺し、作家は暴行の後遺症で車椅子生活になっていた。作家は「ルドヴィコ療法」に反対の立場をとっていたため試験者であるアレックスを招き入れた。作家は彼がルドヴィコ療法の試験者だとはわかっても、犯行時アレックスが仮面を被っていたため、自分をリンチし妻を輪姦した青年だとは気づかなかったのだ。しかし、お風呂の中でアレックスが雨に唄えばを歌うのを聞き、作家は彼が自分の人生をめちゃくちゃにした青年だと気付いた。作家はアレックスを監禁し、アレックスが吐き気を催す「第九」をエンドレスで流す。耐えきれなくなったアレックスは二階の部屋の窓から飛び降りる。

結果的にアレックスは一命をとりとめた。しかしその自殺騒動によりルドヴィコ療法は「非人道的な犯罪矯正」だと世間で言われるようになっていた。内務大臣は失脚を恐れ、アレックスに取材し、ルドヴィコ療法の「成功例」としてメディアに出るように求めた。その後、セックスシーンを思い浮かべても全く吐き気も嫌悪感も催さないアレックスは自分が元の人格に戻っていることに気づき「完ぺきに治ったね」と邪悪な微笑みを浮かべるところでこの映画は幕を閉じる。

 

スポンサーリンク

 

 

時計じかけのオレンジ」に見えるキューブリックの社会に対する怒り

この映画では主要な人物全員利己的だ。自分たちの体裁ばかりで青年の犯罪がどうして起こるのか、本質的な問題と向かい合おうとしない政府、更生委員。子供が非行を働いていることに薄々気が付いているのに何もしないで目を瞑る両親。こんな大人たちの姿を薄気味悪く描くことでキューブリックは社会に対する怒りを伝えたかったのだろう。

 

キューブリックのハイセンスな世界観、カメラワーク


A Clockwork Orange - Intro [HD]

 

この真っ白な衣装と女性の裸をモチーフにした机があるバー、カメラワーク。音楽。。こんなに不吉に心を掴まれる出だしは他にない。完璧主義者と言われるキューブリック誰も真似できない領域のセンスが冴え渡っている。

加えて、これは原作でも使われていたものだが、不良少年たちが使っているナッドサット語(ロシア語に影響を受けた英語)と呼ばれるスラングもこの映画ではいい味を出している。仲間=ドルーグ、女性=デボチカ、叩く=トルチョックなどなど。現代にもある流行り言葉と同じ感覚で映画でも登場する。

 

青年たちの悪意なき衝動的な暴力

青年たちはただ自分の快楽のためだけに暴力を振るっている。そこにはある意味で悪意はないのかもしれない。もちろん虚構の中だから言えることだが、僕がこの映画に惹かれる最大の魅力はここにある。青年たちのインスピレーションによる破壊行為をどうしてもかっこいいと思わずにいられないのだ。

 

洗練された音楽

僕がヴェートーヴェンを聴くと、どこか暴力的に聞こえてしまうのはおそらくこの映画のせいだろう。映画の開始とともに流れる不吉なクラシックに加え、アレックスの愛した「第九」サイケデリック「Overture to the Sun」、いずれの曲もこの映画のためにアレンジされており、この映画をさらに不吉で完璧なものに近づけたように思う。

 

映画版では明かされないもう一つのラスト

映画と原作のラストは異なる。原作も映画同様アレックスの独白の形で進むのだが、映画版では原作の最終章が削除されているのだ。

原作のラストでは、元の人格に戻ったアレックスがまた仲間と再びつるむようになるが、次第に立派に仕事をし結婚した仲間を見て、アレックスも普通の幸せを望むようになるというのが、原作版のラストだ。昔のことは若かったせいだと振り返りながら。

そこで兄弟たちよ、どうやらこれでこのお話も終わりに来たようだ。(中略)そしてそれはすべておれが若かったせいなんだ。だが今このお話を終わるにあたり、兄弟たちよ、おれは若くない、もう若くはない、全然。アレックスはどうやら大人になっちまったんだ、ああ、そうだよ。 出典(ハヤカワepi文庫 時計じかけのオレンジ アントニイ・バージェス 乾信一郎 訳)

 

Amazon Prime時計じかけのオレンジが無料で観れる(2019年1月2日現在)

世紀のカルト映画、時計じかけのオレンジアマゾンプライムのプライムビデオで観れます。(他にも2001年宇宙の旅、シャイニング、ロリータ、アイズワイドシャットなどのキューブリック作品もあり)無料体験で登録期間に観ればお金はかからないです。有名な作品だし、キューブリックは映画好きな人はおそらく一度は通る道なのでこの機会に良かったら観て欲しい。