大学生の退屈しのぎ

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映画「誰も知らない」を観た。社会から隔絶された子供たち

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誰も知らない

youtu.be

 

監督:是枝裕和

出演:柳楽優弥北浦愛、木村飛影、清水萌々子、YOU

 

あらすじ

都内の2DKのアパートで大好きな母親と幸せに暮らす4人の兄妹。しかし彼らの父親はみな別々で、学校にも通ったことがなく、3人の妹弟の存在は大家にも知らされていなかった。ある日、母親はわずかな現金と短いメモを残し、兄に妹弟の世話を託して家を出る。この日から、誰にも知られることのない4人の子供たちだけの『漂流生活』が始まる・・・・・・(Filmarks)

 

1. 現実の子供を捨てる母親の姿

 

子供を捨てた、子供を施設に入れた。こういうことをする母親は世間からダメな母親だと散々言われる。実際、子供の気持ちを考えたらそう思う。YOU演じる母親のけい子も、全員違った父親の子供を4人も身ごもって、シングルマザーなのに長男の明(柳楽優弥)に下の子達の面倒を任せて遊びに行ったりしている。でも、この人を「ダメな母親だ!」って観客がただ思うだけにはならないのが、この映画の革新的なところだと思う。

「だいたい、母さんは勝手なんだよ」と長男の明に言われた時に母けい子が「私は幸せになっちゃいけないの?」と言ったのが、この映画を見て頭から離れなかった。

父親に出て行かれて、4人の子供を1人で育てることになって、お金もない。本当はいつまでも遊んでいたいし、好きな人にだって振られたくない(だから恋人に自分に子供が4人いることを言えない)。でも子供たちのことは可愛いし大切だから、一緒にいるときは愛情深く接するし、捨てた後も一応申し訳程度のお金は送る。 結局のところ、全部を選びたくて何も捨てることができないっていう気持ち。でも、これって誰にでもある感情なんじゃないかと思う。

子供を捨てたという事実だけ見て、「こいつはダメな母親だ!」って言うのは簡単だし、世の中の大多数の意見だとは思うけど、そうやって終わらせることはあんまり意味がなくて。「状況が変わったら、自分はどうなんだろう」と、映画の中の人物にあるものと自分を無関係だと割り切らないことに意味があるのかもしれないと思った。

 

 

2.親のいない生活

 

母親が百貨店で働いている間、下の子供たちの面倒を見ていた明は母親が恋人と同棲を始めてからは一日中世話をしなければならなくなる。買い物に行ったり、ご飯を作ったり。。でも、初めは申し訳程度の仕送りがあったからなんとかなったものの、それが途絶えてからはどんどんカップ麺などのインスタントの食事で済ます毎日。それぞれの父親の元を訪ねても、父親たちも経済的に苦しく、お小遣い程度のお金しかもらえない。やがてその貯金も途絶えてからというもの料金も滞納し、電気やガス、水道も止まってしまう。お風呂にも入れず、公園の水道でたまに頭を洗うだけ...。

 

本当は学校にも行きたいし、友達を作ってみんなと遊びたい。そんな思いを抑えて必死に弟と妹の世話をしてきた明。近所のゲーセンで仲良くなった同い年くらいの男の子たちと一緒遊んで、自分の家に呼んでゲームするようになるも、すぐにゲームにも飽きてその男の子たちが明から離れてってしまったのも個人的には辛かった。自分と同じくらいの友達はみんな学校に行って、制服を着て勉強して。そんな周りと比較すると、12歳の子供が毎日生きてくことの不安に脅かされてる現実は次元が違いすぎた。

 

3.次女・ゆきの死

 

明はたまたま少年野球に参加することができ、つかの間の「普通の子供」としての楽しさを味わってから帰路につくと、次女のゆきが動かなくなっていて、長女の京子と次男の茂は何もできず座り込んでいる。

死んでいるのか、生きているのかもわからず、でも子供たちで生活しているのがバレたら家族がバラバラになるから言えない。だから救急車も呼べないでいた。そして、飛行機にずっと憧れていたゆきのために、仲良くなった不良中学生の女の子紗希と明はゆきの亡骸を飛行場のそばに埋める。夜明けの飛行場でゆきを弔う明の姿は、自分の家族を埋める今の状況をどう感じて何を考えてるんだろう...と目が離せなかった。そしてそれを付き添った紗希もどんな気持ちなんだろうと。

ある自分の許容範囲を超える衝撃的な悲しさに直面した時の人間の反応は必ずしもわかりやすく泣いたり、叫んだりするものじゃない。もっとずっと複雑でカオスで理屈を超えているものなんだと、泣きもしないで、黙って体育座りをしている2人を見て思った。

 

 

4.元になった事件「巣鴨置き去り事件」

 

巣鴨置き去り事件は、1998年に東京都豊島区で発生した保護責任者遺棄事件。

父親が蒸発し、その後子供を置いて母親も出て行ったというところは誰も知らないと同じ。

ただ、三女の死亡原因が長男の友達の暴行によるものだということは映画とこの事件の大きく違うところだった。泣きやまないことに腹を立て、押入れの上から何度も飛び降りたとか。実際の事件の方も調べれば調べるほど凄惨だった。

「誰も知らない」と言われているのは、母親が初めに結婚した男が出生届と婚約届けを出すと言っていたのにも関わらず出さなかったかららしい。男に蒸発されて、母親は男遊びにのめり込むようになったとか。もうここまでくると精神的なものだと思う。ただ確かに捨てた母親の責任も大きいけど、そもそも初めの父親が蒸発しなければ一家はありふれた普通の家庭だったかもしれないし、「捨てた」という事実だけ見て母親のことだけを糾弾するのはちょっと違うなと思った。母親が関わった男たちがやることはやって捨てたのも原因だし、そういうことをされて、子供達を1人で育てなきゃならないという問題を解決するために「男に頼る」ということしか思いつかなかったからこそ依存していったのだと思う。

 

「誰も知らない」は現代の社会の通説となっているようなステレオタイプ的な見方をもう一度考えさせられるきっかけになったし、何よりカンヌ国際映画祭で史上最年少かつ日本人初めての最優秀主演男優賞を受賞した柳楽優弥の演技は本当に凄まじかった。そこには間違いなくどこかで見たことある少年の本物の温度みたいなものが宿っていたと思う。気分も重くなるし、正直見たくないものかもしれないけど、きっと「観るべき映画」なんだろうな。