大学生の退屈しのぎ

底知れぬ音楽と映画と文学と...

レコード屋で働いてみて知った、好きな音楽を馬鹿にされるということ

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コンビニで1年間バイトした僕は「バイトでも自分の好きなことと関係のあることで働こう」と思い、レコード屋でバイトを始めた。好きなものに囲まれて仕事をするのは、今までの無機質なバイトと違ってすごく心地よかった。同い年くらいの大学生も聞いている音楽が違っても、みんな音楽が好きな人たちなのでなんとなくウマがあったし、毎日毎日、新しい音楽を聴いて新しい出会いがあるのがワクワクしたし本当に楽しかった。

 

バイト先では店員が店内のBGMを店頭からレコードを持ってきてかける。僕がいるバイト先は主にロック全般を取り扱っている店で「暗くなければ基本的にはなんでもいいよ」と言われていたので、入ったばかりの僕はThe Smithsの「Louder Than Bombs」をかけた。

 

するとバイト先の30過ぎの社員がやってきて「○○さん(僕の名前)って、スミス好きなの?」と言ってきた。僕は「高校の頃から好きだったんです」と答えたが、そのあとに言われた言葉が今でも忘れられない。「えー?そうなの?モリッシーとかさ、オネエじゃんw」と、その社員は言った。

 

「はぁ。」と言ったきり、何も言えなかった。多分、うまく表情を作れず変な顔をしていると自分でもわかっていたから、それからその社員の顔を見ることもできなかった。

 

仮にモリッシーが世間から「オネエ」と分類される人間だったとして、それがなんなんだろう。「オネエ」の音楽を好きなのは不思議がられることなのか。今の一言は、自分を音楽のセンスの無い奴だと言ってるのかと、頭の中が色々ごちゃごちゃになった。

何より、そんな大して話したこともないような人間に簡単に自分が好きな音楽が踏みつけられたこと、その言葉に「The Smithsが好きな自分は音楽的センスがないと思われるのか...?」と少なからず動揺してしまった自分がとんでもなく悲しかったということだった。紛れもなく好きだったはずの音楽を一瞬でも疑ってしまったのだ。

 

バイトを始めて日数が経ってから気が付いたが、うちのバイト先には、「60年代・70年代の音楽こそが高尚なもで、80年代以降のNew Wave、インディ・オルタナティヴロックは俗であり、邪道」という空気がなんとなくだがあるらしかった。(ほとんどはその社員が元凶だとは思うが)

 

 

この間あった話だが、バイト先の先輩がNew Orderのバーニー率いるバンド、Bad Lieutenantのアルバムを先輩が店内BGMとしてかけた時もその社員がやってきて「超だせえw 変えよ」と言ってビートルズかなんかに変えてしまったのを近くで聞いてしまった時も同じくらい悲しかった。しかも「これあれっしょ?バーナード・サムナーの」と、どこか見下すように言っていたのも聞こえた。

 

僕だって正直、Bad Lieutenantがものすごく好きなわけではないけど(New OrderJoy Divisionは大好きです)、あまりにもその愛のない言い方がとにかく腹が立ったし悲しかった。前にTFCのバンドワゴネスクをかけた時もその社員に変えられた記憶がある。その時は何も言わなかったけど、そういう風に思っていたんだろうなぁと後から思った。でも仮にも年代で音楽の優劣をつけているのだとしたら、「古めかしいから芸術的」そんな見方こそ脳死的なんじゃないのかと個人的には思う。

 

何が悔しかったって、その社員の方が自分よりも音楽に全然詳しかったし精通していたということだった。高校・大学の頃からいろんな音楽を漁った僕と、10年ぐらい音楽に携わって仕事をしているその社員とは当たり前だけど圧倒的な知識差があったし、だから否定されても反論できない、と情けなくも思ってしまった。そんな風に考えた自分も結局軽蔑することになって余計に辛かった。

 

結局、ただ1人で好きな音楽を楽しみ、ほとんどの人に言わなかった時は寂しくもそれで完結していたけど、人の目に自分の好きな音楽を晒すということは、それが傷つけられるリスクに晒すということなんだということを理解した。

 

自分の好きな音楽がその畑の専門家に馬鹿にされて傷ついたとしても、その音楽を聴かないで生きていく選択肢はもう残ってないし、する気も全くない。ただ悲しくて、帰り道そのアーティストの曲を聴くと「こんなにいいものを作っているのにな」と泣きそうになってしまう。

 

詳しくなくたって何かを好きだと主張する権利はあるし、知っているからと言って、誰かの好きなものをけなしていいわけじゃない、そういう当たり前のことを好きなものを踏みにじられてやっと理解した気がする。なんでも肯定するというのは違うけど、言葉にするときは誰かにとってその好きな音楽はかけがえのないものなのかもしれない、ということを忘れないようにしようという教訓にもなった。