大学生の退屈しのぎ

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三島由紀夫「音楽」感想 地獄の"音楽"を聴いてしまった女性の話

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「音楽」というタイトルに思わず惹かれ購入したが、ここでいう音楽は性行為によるオーガズムのことであり、想像とは全くかけ離れた生々しい1人の女性の性の物語だった。

 

精神分析医である主人公の汐見の分析を通して、麗子という悪魔的な魅力を持った女性の抱えている問題について迫っていくという形で物語は展開していく。

 

初めて来診した日、麗子は「私、音楽が聞こえないんです」と告白する。汐見は理解することができなかったが、それが後に不感症であることの婉曲的な言い回しだったとわかる。

 

麗子には江上隆一という婚約者がいた。彼は大学時代はボート部の健康そうな美男子で、会社でも人気者の青年だったが、彼に対しても最初の晩から感じることはできなかった。

 

汐見は強い知的好奇心に駆られながら麗子の治療を続けていく。患者を密室に閉じ込めてそこで好きなだけ「連想ゲーム」のようなことをさせたりして麗子と対話をし、彼女がどのような問題を抱えているかを探っていく。

 

やがて麗子の問題には実兄の存在が関係していることがわかる。麗子は兄と寝ているときに体を触られた時の甘い快感が忘れられなかったのだった。そしてそれ以来、その甘い感覚と兄の存在は切り離せないものになりますます麗子は兄に執着するようになっていた。

 

あるとき、麗子は両親から無理やり婚約者にさせられた又いとこが病気で瀕死であると聞き駆けつける。彼は無理やり麗子の「初めて」を奪った相手であり、厭うべき婚約者であったが、それにも関わらず麗子は彼の死んだ鶏の肢のような手を握り、看病を続けていく。そして彼女は汐見にあのとき確かに「音楽」を聴いたのだ、と告白する。

 

また、彼女は療養中の旅行先で不能の青年・花井と出会う。麗子は不能であるがゆえに花井を愛しく思い、関係を深めていく。やはりそこでも彼女は音楽を聴いた。又いとこ同様、彼女は不健康な死の匂いのするときにしか音楽が聴けないということが分かっていく。

 

しかし、麗子の真の問題は兄との再会にあった。大学の寄宿先に現れた兄は風体もヤクザのように変わっており、麗子が兄のアパートにいると、途中で女が帰ってきてしまい兄と口論を始める。

兄は麗子のことを妹だと言うが、女は信じず、本当に妹だと言うなら目の前で寝てみろと言いだした。口論が終わらずムキになった兄はそれを実践し妹を犯してしまった。

 

麗子はその獣行の記憶を心の中でどんどん美化し神聖なものに変化させようとする。

 

一面から見れば、それはあまりに猥雑であるために、猥雑を通り越して神聖になった一つの儀式のようなものであった。

 

無残な一夜の記憶が、こうして少しずつ変貌し、麗子は思い出すまい思い出すまいとしながらも、心を占めることは一つで、いつでも考えがそこへ戻りながら、次第にそこを掃き清め、自分を救うために、少しずつその記憶を美化し、浄化しようと思うようになっていた。彼女はそれを幻と考えることにしたが、もし幻と考えれば、下品な酒場の女との乱酔の果ての争いに、ヤクザの兄が妹を犯すという、あくどい幻ではなくて、象徴的な神聖な幻に変貌しなければならなかった。

 

つまり麗子はこの記憶を「神聖なもの」としたために健康な男の代表のような男である隆一との行為に何も感じなくなってしまったのであり、病人や不能の男にしか音楽を聴くことはなくなってしまったのだった。

 

そうです。あなたは地獄の音楽をきいてしまったのですね。その地獄の音楽から離れようとするたびに、あなたの耳は音楽をきこうとしなくなったのですね。そして時折あなたの耳によみがえる音楽は、極端なみじめさか極端な怖ろしい神聖さ、つまり地獄に関係のある状況に直面したときだけだったのですね。悪臭を放つ瀕死の病人の床に侍っているときか、哀れな不能の男を傍らに置いているときか.......

 

汐見と江上と麗子と看護師の明美の四人で兄に会いに行くと、麗子は「兄の子」を見て衝撃を受ける。その様子を見て汐見は麗子の本当の願望は兄の子を産むことにあり、そのために母胎を空けておきたいから不感症だったのだと気が付く。兄の子を実際に見て、自分が入り込む余地がないと見せつけられたことで彼女の問題は根本的に解消された。

 

 

感想

個人的には冷静沈着に学問としての興味にそそられているかのように見える汐見のぼんやりとした恋心が見えるところも面白いと感じた。

 

私には負け惜しみの自信があり、どんなに深く彼女の肉体を知った男よりも、私のほうがよく知っているという、すべての男に対する軽蔑感があった。どんなに詳細に彼女の肉体の襞に分け入り、どんなに隈なく彼女の美しい皮膚を味わっても、男たちは決して私のように彼女の真の深所へ、彼女のもっとも深いおののきと歓喜に触れることはできない。論より証拠、江上青年を見るがいい。死んでいった婚約者を見るがいい。さらには最近の花井青年を見るがいい。

 

他にも汐見は麗子が旅に出ると聞いて、他の男と一緒なんじゃないかと思わず東京駅まで追いかけたりする場面もある。

 

麗子が肝心の兄の問題を隠すために何度も吐いた精巧な嘘や、兄の獣行を神聖な甘い記憶として転化していく描写など、三島由紀夫の綺麗な文章で綴られた一人の魅力的な麗子という女性の性の旅路にひたすらに翻弄されてしまったなぁという感じが強く残った。特に江上青年の健康的ながっしりとした胸板が「自分を責めているような気がする」と描写されている辺りはもう本当にさすがとしか言いようがない。

 

三島由紀夫の作品の中では異色な一作なのかもしれないが、やはり人間の深淵のように思える部分に鋭く切り込む快感は他の作品と変わらず強い。個人的には金閣寺仮面の告白と並ぶくらいの強烈な後味を残す作品だったと感じた。