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サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」青年が自殺するある1日の話。

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バナナフィッシュにうってつけの日

 

この話はシーモアという青年が、ミュリエルという女性との新婚旅行の最中に自殺してしまうという話。

 

この話自体は短編で30ページほどの量なのだけれど、心に嫌なものを残していく話であると同時に、物事があまりにあっけなく奇妙に運ばれていくのでただただその世界観に圧倒してしまうといった感じだった。

 

 

まず、話の前半はシーモアの妻のミュリエルが母と電話をしているという場面。

ここから分かるのは

シーモアが精神的にやられてしまっていて母がそれを心配しているということ。

シーモアは陸軍の病院から退院していた

・ミュリエルはシーモアを信頼している

 

シーモアのことに関するエピソードとして「木を見ても例のおかしな真似をしようとしなかったかしら?」とか、「おばあちゃまの椅子をあの人がどうしようとしたか」とか、かなり強烈そうな出来事を匂わせる発言があるのだが、詳しくシーモアがどんな奇行をしたかは描かれていない。

ミュリエルがシーモアを彼女なりに理解し愛してるのは発言から何となく察せるのだが、母親の話の内容を聞けばシーモアがどんな風に世間から扱われているかは想像に難しくない。

 

後半はシビル・カーペンターという3つか4つほどの女の子とシーモアのビーチでの話になる。シーモア・グラス(もっと鏡を見て)」という言葉を合図に場面が切り替わる。

 

シーモアはローブを着たままベンチに横になっている。シビルがやってくると「きみを待ってたんだ」とシーモアは言う。

 

ここからは奇妙な点について一つずつ読み解こうと思う。

①ブルーと黄色の間違い

シーモア・グラス(モット・カガミ・ミテちゃん)

③シビルの嘘

④バナナフィッシュとは何か

⑤「あなた、ぼくの足を見てらっしゃいますね」

シーモアが自殺した理由

 

①ブルーと黄色の間違い

 

シーモアはシビルが着ている水着の色を黄色ではなくブルーと表現する場面がある。

この理由は単純で「黄色を見たくなかったから」だと僕は思った。

 

後に述べるがバナナフィッシュは主人公にとって自分の生命を絶つことを決意させるほどの悲劇的なものであり、黄色は言うまでもなくバナナの色だ。

 

シーモアはすでに自分の見ているものと見たいものの区別がつかなくなっているということもここから分かる。

ちなみに黄色から色彩的に遠い色は青紫であり、ブルーだと言ったのは無意識的でも黄色を強く避けていることの現れなのかもしれない。

 

シーモア・グラス(モット・カガミ・ミテ ちゃん)

 

これはシビルがシーモアにつけたあだ名でありシーモアの名前なのだが、ここであえて「モット・カガミ・ミテ ちゃん」と書かれているのかが気になった。

 

シーモアの自殺には様々な原因が絡んでいる。もちろん最も大きなトリガーはバナナフィッシュをシビルが発見したことなのだが、このあだ名もその一つになっているのではないだろうか。

 

「もっと鏡見て」それはつまり「もっと自分の姿を見ろ。もっと現実を見ろ」ということである。シビルがそのような意図をもって言ったとは思えないが、シーモアにとっては自分の名前でさえそんな警告に聞こえてしまった(それほど追い込まれた精神状態だった)ということではないだろうか。

シーモアのように黄色ブルーだと表現してしまうほど、現実に怯え見たくないものから目を背けてきた人間にとっては「モットカガミミテ」という言葉は残酷な言葉になりえたはず。

 

 

③シビルの嘘

 

少女はまだ3つか4つのはずだが、シャロン・リプシャツという女の子がシーモアの隣に座ってピアノを弾いていたと聞くだけで嫉妬してしまう。

そして「シャロン・リプシャツは自分の住んでるところを知ってるぜ」というシーモアの発言に対し「コネティカット州ホヮーリー・ウッド」と返す。「そこがあたしの住んでるところよ」と。

 

それに対しシーモアは言う。「それで万事がはっきりした。きみが思いも寄らないほどはっきりしたよ」

 

シーモアのこの発言はシビルに対する失望の現れなのではないかと考えられる。シーモアはシビルの小さな嘘に「人間らしさ」(バナナフィッシュの素質)を見出してしまったのではないか。

 

④バナナフィッシュとは何か

 

ではそろそろタイトルのバナナフィッシュについて触れていきたいと思う。

 

会話の中で明かされるバナナフィッシュの情報は

・彼らは「悲劇的な生活を送る」

・バナナが入ってる穴の中に泳いで行く。穴の中に入ると行儀が悪くなりバナナを食べる。肥った結果穴の中から出られなくなり、死んでしまう

・彼らは「バナナ熱」にかかる

 

ということ。

 

そして海の中にどんどん進んでいくとシビルが突然「バナナフィッシュが見えた」と言う。

 

すると青年はシビルの足にキスをして「さよなら」といいホテルに戻ってしまうのだ。

そしてその夜、自分の頭を拳銃で撃ち抜く。

 

バナナフィッシュとはもちろん人間の例えだ。それも、バナナを貪り穴の中で肥って死んでしまうことから私利私欲によって自らを破滅させてしまうような人間のことを指している。

 

⑤エレベーターでのやりとり「あなた、ぼくの足を見てらっしゃいますね」

 

シーモアはエレベーターで乗り合わせた女性に向かっていきなり「あなた。ぼくの足を見てらっしゃいますね」と突っかかり、女性が「何ですって!あたしは床を見てたんですよ」と怒って降りるという場面がある。これはシーモアが自分の頭を撃ち抜く直前の場面でもある。

 

シーモアがビーチでもローブを着ているのは、体に戦争での外傷が残っているからであり、おそらく足にも残っていたんじゃないかと想像できる。

 

彼はずっと隠していたが「別に見たければ見るがいい」と死を決意して最後に今まで世間に対して言えないでいた好奇の視線への反抗をしたのだととれる。

 

シーモアが自殺した理由

 

一番のトリガーとなっているのはやっぱりシビルが「バナナフィッシュを見た」と言ったこと。

 

先ほども書いたがバナナフィッシュとは私利私欲によって自らをも破滅に追い込んでしまう人間のことで、シーモアの創り出した幻想である。

 

シーモアにとっては戦争という私利私欲のための殺戮行為に加担し、その加担したことによって自分自身を破滅に向かわせていることがバナナフィッシュ的要素だろう。

 

ここでシビルが本当は黄色の水着を着ていたことを思い出してほしい。そしてシーモアはそれをブルーだと言い、黄色を認めようとはしなかった。なぜならシビルがバナナフィッシュだとは思いたくなかったからだ。

 

シーモアは小さな子供をバナナフィッシュではないイノセントな存在だと思い込んでいたがために信頼し仲良くできた。しかし「バナナフィッシュが見えた」という発言により、彼女もやっぱり小さなバナナフィッシュだったということにはっきりと気が付いてしまう。シビルの水着の色や小さな嘘から生まれた疑念ははっきりと確信に変わってしまうのだ。

 

この世界のどこにも逃げ場はないと悟った主人公。結婚しても何をしても主人公の心の隙間を埋めるのに足らなかったのだと思うとなんともやるせない。

 

 

 

まとめ 

これはナイン・ストーリーズに収録されてる短編の一作目なのだけれど、その中だと比較的自分なりの解釈が見つけられやすい話だったと思う。ちぐはぐした会話や行動がだんだんとつながっていく感覚が読んでて面白いし、個人的な感覚としてはもっと自分の内面に沈んでいた高校時代とかに出会いたい話だった。

 

 ▽亡くなった忘れられない人を想い続ける既婚女性の話

www.neatnobibouroku.info