大学生の退屈しのぎ

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サリンジャー「コネティカットおじさんのひょこひょこ」感想 半分空いたベッドが表す喪失感

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コネティカットおじさんのひょこひょこ

 

サリンジャーの短編集ナイン・ストーリーズの2番目に収められている話で、高校時代の同級生、エロイーズとメアリ・ジェーンの2人の女性の会話劇によって話は進んでいく。

 

エロイーズは結婚してラモーナという娘がいる。メアリ・ジェーンは独身で仕事をしてる。2人はエロイーズの家で酒を飲み、煙草を吸いながら話し方も高校時代に戻って昔話に花を咲かせている。

 

この会話の大きなポイントは2つある。

・ラモーナには架空の恋人(親友?)ジミーがいる。

・エロイーズにはウォルト・グラスという今でも忘れられない人がいる

 

ラモーナの架空の恋人ジミー

ラモーナによるとジミーはグリーンの目をした雀斑のない剣を持ってる男の子。ラモーナは寝るときもベッドを半分空け、彼の居場所を確保していた。

メアリ・ジェーンはそんなラモーナを素敵だと言うが、エロイーズはうんざりしていた。

ジミーはその後車に轢かれて死んでしまったのだとラモーナは言う。しかしその晩もラモーナはベッドの端っこで寝ていた。エロイーズはその様子を見てイラつきながら話しかける。

 

 「あんた、ジミー・ジメリーノは車に轢かれて死んじまったって言ったでしょ」

「なあに?」

「とぼけたってだめ。どうしてこんな端っこに寝るの?」

「だって」

「だってどうしたの?ラモーナ、ママはもういやですからね」

「だって、ミッキーが痛くすると困るんだもん」

「誰がですって?」

「ミッキーよ。」ラモーナは花をこすりながら言った。「ミッキー・ミケラーノ

 

ラモーナは死んだジミーに変わりもう新しいミッキーという架空の恋人を作っていてベッドの真ん中では決して寝ようとしなかった。

 

エロイーズの愛した人ウォルト・グラス

ウォルトはエロイーズによれば「あたしをしんから笑わせてくれる男の子」であり、ルーという夫がいる今でも、彼女は本当に自分を笑わせてくれたのは彼だけだったと言っている。

ウォルトは日本の進駐軍にいるときに事故で亡くなってしまっていた。

エロイーズは夫のルーに彼のことをほとんど話していない。彼女は男の知性というものを全く信用しておらず、過去の男の話なんてしたら、その時は大人な態度で聞いていても事あるごとにどやしつけられるんだと彼女は話す。エロイーズはルーに対して全幅の信頼を寄せているわけではないのだ。

 

 

ラストシーン:「あたし、いい子だったよね?」

エロイーズはミッキーという架空の恋人を作り、ベッドの端っこで眠るラモーナに「ベッドの真ん中でお寝みなさい。さあ、早く」と悲鳴に近い甲高い声で叱りつけ、ラモーナの体を無理やりベッドの真ん中まで移動させてしまう。

 

これは未だこの世にいないウォルトのことを忘れられない自分と、存在しない恋人のためにベッドの場所を空けているラモーナを重ねてしまったからではないかと思う。

ジミーが車に轢かれて死んだのにも関わらずすぐに新しい恋人を作り出したラモーナと、事故で亡くなったウォルトを想い続けているのに別の男性と結婚したエロイーズはどこか似ている。そしてエロイーズの心もラモーナのベッドのようにウォルトの不在で半分欠けたままだ。

 

エロイーズは戸口のところに長い間佇んでいたが、思い返してラモーナのところに夢中で戻る。そしてラモーナの眼鏡(ラモーナの見ている世界)を手に取り泣きながら握りしめ「かわいそうなひょこひょこおじさん」と何度も何度もつぶやく。

エロイーズはラモーナの世界を、そしてウォルトを忘れることができない自分を肯定したいと感じたのだと思う。だから寝れずに泣いていたラモーナにエロイーズはキスをする。

 

その後エロイーズはメアリ・ジェーンの元に戻りこう言う。

 

「あんた、一年のときのこと覚えてるわね。あたしはボイシーで買ったあの茶色と黄色のドレスを着てた。そしたら、ミリアム・ボールからニューヨークじゃそんなドレス誰も着てないよって言われてさ、あたし一晩中泣いてたじゃない?」エロイーズはメアリ・ジェーンの腕をゆすりながら「あたし、いい子だったよね?」訴えるように彼女は言った。「ねえ、そうだろ?」

 

「あたし、いい子だったよね?」このエロイーズのセリフは心に何か残るものがある。誰かにそう言ってもらわなければどうにかなってしまいそうな夜がきっと誰にでもある。

 

エロイーズはラモーナが架空の恋人を作っていることにうんざりしていたが、この「小さい子供には自分と違ってまともであってほしい」という願望は短編の一作目「バナナフィッシュにうってつけの日にも共通して見られた。あとは戦争による喪失感が作中を漂っているのも。拳銃自殺してしまうバナナフィッシュにうってつけの日とは異なり、この話では自分の心に空いた穴を肯定する方向に向かっていったのが救いだったのかもしれないと思う。

 

 

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